百加

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11/5/2023, 9:13:56 AM

哀愁をそそる


白い犬が仕事に行く飼い主さんを見つめている。
遠くなる背中を一心に見送っている。
飼い主さんが大好きなんだね。
わかるよ。
もっと撫でてもらいたいし、本当は今すぐ追いかけたいんだろうなあ。
でも飼い主さんが困るから、そう躾をされているから、じっと動かずに耐えている。

行かないでって言いたいけど言えない。
好きとか寂しさとか我慢とか、きっといろんな想いを抱えている、物哀しいようなそんな犬の背中。



#78

11/4/2023, 9:05:53 AM

鏡の中の自分


こんな顔だったっけ? 
もう少しマシだったような気がする、と鏡を覗き込んで軽くショックを受けた。
このところ自分の顔さえあまり見ていなかったみたいだ。化粧をしていても必要なパーツを義務的に目に映しているだけ。視力がさらに落ちて、しかもコンタクトを付けなくなったのが理由としては大きいのかもしれないけれど。
鏡の前に立つとき、前は精一杯よく見えるようにしていたのに、最近はそれさえしなくなっていたことに気づく。久しぶりに笑顔を作ろうとすると顔が強張っているような気がした。

顔も筋肉っていうもんねぇ……
人差し指と中指、そして薬指を揃えた指先で、頬を軽くマッサージしてみる。
自意識過剰気味の若い頃が良いわけではないけれど、今の無関心さはちょっと自分が可哀想かもね。
まだこの顔とつき合っていくんだから。
もう一度口角を上げてみると、鏡の中の自分はぎこちないけれど、さっきよりはずっと上手に笑えていた。



#77

11/3/2023, 9:56:36 AM

眠りにつく前に


眠りにつく前には、いいことだけを考えるの。
今日の楽しいおしゃべり、
美味しく作れたご飯、
明日はあなたに会えること。
会えないときでも、あなたを思えばいつの間にか幸せな気分で眠りに落ちている。
まるで眠る前のおまじないみたいね。

それではお休みなさい。どうかよい夢を。



#76





11/1/2023, 10:01:48 PM

永遠に


夜空に光る星々さえ、限られた命なのだから、
本当の意味での永遠は多分存在しない。
ただ、心底愛しいものや美しいものに
永遠を願う時、
その瞬間は真実で、
そこにこそ永遠は在るのだと思っていたい。

――あなたの幸いだけを祈っています。



#75

11/1/2023, 1:55:29 AM

理想郷


 ここはどこだろう?
 暗い中を私は一人で歩いていた。あたりは静かで何も見えなくて、ただ足元だけがぼんやり見えている。不安が胸に押し寄せてくる。誰かいないの? 早くどこかへ。
 その時、先に小さく光が見えた。良かった! 私は救われた気分でその光を目指して進む。光が段々と近くなり、目の前に浮かび上がるように若い男が現れた。黒っぽいスーツを着て、すらりと背が高い。彼はにこやかに笑いかけてきた。
「こんばんは。この先へ進むには道を選んでください」
 そう言って、彼は自分の後ろを手のひらで示した。
 そこには二つに分かれた道が見える。彼は左側の道を指し示した。
「こちらはあなたが理想とする場所へ向かう道」
「理想?」
「そう理想郷、ユートピア、シャングリラなどとも言いますね。そこでは何の悩みも苦しみもなくあなたが理想とする人生を生きられる。誰もが幸せに生きている。素敵な所ですよ。
そしてこちらは、今まであなたが生きてきた場所へ続く道」
 彼は右側の道を指差した。
「さあ、どうします?」
 理想郷。何の悩みも苦しみもない? だったらこっちに決まっている。私は左側に一歩踏み出した。
 その時、彼が言った。
「ああ、一つだけ。左側の道へ行けば、あなたが今大事にしているものや記憶が残っているとは限りません」
 意味がわからなかったが、嫌な感じがして私は立ち止まる。
「それってどういうこと?」
「例えば家族とか、友達とか、楽しかった記憶とか、そういうものが消えている可能性があると言うことです」
「それは……」
「でも幸せですよ。そこでのあなたは。別に迷うことはないと思うんですがね」
 彼はさらに笑みを深めながら先を促した。
「さあ、お進みください」
 動けない。柔らかな彼の声が恐かった。
 今までの人生が消えるかもしれない? それでも選ぶの? どっちを選べばいいの?
 私は右側の道を見た。そして左側をまた見る。

 どちらへ?



 あなたならどうしますか?



#74

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