忘れたくても忘れられない
辛かったこと、苦しかったこと、もう皆は忘れてしまっているか、気にさえしていないこと。私だけが忘れたくても忘れられない。
傷が治っても傷跡は消えないように。
文章を書くようになった時、思い出したくない出来事の一つ一つが、書く文章に影響していることに気がついた。あんな出来事でも無駄ではないのかもしれないとその時初めて思った。
書くことで傷は書くための材料に変換される。思い出すとあの頃がリアルに甦り、余計に苦しくなるのに、書くのをあきらめたくないのはなぜだろう。書けば癒やされるというのは本当なんだろうか? まだ実感はない。
それでも生きづらいと思ったことや、身が縮むような恥ずかしさ、悲しかった子供の頃の仲間外れも、あの頃の私が踏ん張ってくれたから今があるのだ。忘れなくていいのかもしれない。生きてて良かった。今の私は素直にそう思えている。
#60
やわらかな光
言葉よりも、もっと多くを語る、
君のやわらかな目の光。
暗い心の奥まで届く光は温かくて、何にも代えがたいものだった。
君が見ていてくれるなら、もう辛くはない。
もう寂しくはないよ。
それだけで生きていけると思うから。
#59
鋭い眼差し
なぜそんな目をするのだろう。
混んでいる電車で肩が触れた。
自転車が側をぶつかりそうな勢いで通り過ぎた。
ほとんど憎しみのような、刺すような鋭い眼差しがこちらに向けられる。
怖い。
わからない。どうしてそんなに。
一瞬心が竦んでしまい、それを怒りが上書きする。
そこに居たから、邪魔だから?
だけど相手を選んでる。強そうな男性だったなら絶対にしないくせに。
それはよくあること。
私は慣れようとして、息を深く吸って、苛々する気持ちをゆっくりと吐き出した。
#58
高く高く
高く高く昇っていく。
摩天楼から街を見下ろすような、そんな夜があってもいいじゃないか。
まがい物じゃない、君となら。
#57
子供のように
まいったなあ。
皆は帰ってしまって夜のフロアに二人きり、私のちょっとした冗談に、あまり表情を変えないあなたがまるで子供のように笑い出す。
そんな笑顔を見るたびに息が詰まって、胸がいっぱいになって、触れたくて伸ばしそうになる手をぎゅっと握りしめている。
今朝だって隣り合わせたエレベーターで、あなたは目を細めて笑いかけてくれたよね。
その笑顔は私だからって思ってもいい?
自惚れちゃってもいいの?
#56