放課後
夕方、駅へと向かう高校生がお互いの顔を見て吹き出した。肩まで叩き合いながら大きな声で笑っている。
いいな。放課後は学生だけの特権だね。
夕食までの自由時間は、
友達との他愛ない話でも楽しかった。
特別な時になるかもしれないと期待も少し混じってた。
会社帰りの私は足早に、彼ら彼女らの横を通り過ぎる。
振り返ってみたくなる。
代わりに得たものもあるのだけれど。
#55
カーテン
カーテン、よくある普通の言葉ですが、私にとっては別な意味もあります。
あのミステリの女王、アガサ・クリスティが生み出した名探偵エルキュール・ポアロの最後の事件のタイトルになっているからです。
探偵らしくない彼の物語はどれも面白く、特に有名なのは『オリエント急行の殺人』になるでしょうか。タイトルを聞いたことがある方はたくさんいると思います。
『カーテン』は彼の最後の事件というだけに、ファンには胸に迫るものがあり、内容も深く厳しいところもあって、私には忘れられない小説です。
1943年にクリスティが死後発表する予定で書き、1975年クリスティの死の前年に発表されました。
クリスティの作品全般に言えることですが、彼の物語も古きイギリスの風俗が生き生きと描かれており、当時を楽しく想像させてくれますし、人生への冷徹な視線と、それでいて温かさも感じる内容は、今の時代に読んでも古びているとは思いません。
TVドラマシリーズではデビッド・スーシェが演じていましたが、もうこれが本当に彼としか思えないくらい素晴らしいものなんですよ。
本もドラマも本当に素敵なシリーズなので、まだの方はぜひ一度ご覧になってみてはいかがでしょうか。秋の夜長にはぴったりの作品だと思います。
#54
涙の理由
火曜の夜、仕事でへとへとになって一人暮らしの部屋に帰った。夕食を作る気力も食欲もなくて、座り込んでクッションを抱えているとインターフォンが鳴った。
誰とも会いたくない。無視しているとまた鳴った。続いてまた。
「気持ち悪いな……、今ごろ誰よ」
恐る恐るモニター画面を覗くと、彼だった。
「何で今日来るの!?」
約束なんてしていない。スマホは電源を切っていた。帰ってと言いかけた時、ドアの外で歌うような彼の声がする。
「居るんでしょ〜、開けてよ。お土産あるよ」
止めて恥ずかしい! 零れる涙も引っ込んだ。タオルを引っ掴んでごしごしと顔を拭って、急いでドアを開けた。
「大きな声出さないでっ!」
顔を背けながら不機嫌に言うと、のんびりした声で彼が言う。
「だって返事なかったから〜。目、赤いね?」
「た、玉ねぎ切ってたからっ」
しまった。もうちょっとマシな言い訳はなかったのか。だけど本当の涙の理由なんて言いたくない。
私が玄関で体をこわばらせていると、彼はさっさと靴を脱ぎ、私の横をすり抜けるようにして部屋に上がり込んだ。
「ちょっと待ってよ!」
「ほら、これ好きでしょ」
私の目の前に彼は薄茶色の箱を差し出した。
「それは……」
私の大好きなスフレチーズケーキのホールが入った箱だった。思わずじっと見つめていると、彼はその箱を軽く揺らした。
「ハロウィンバージョンだって」
私は久しぶりの好物の誘惑に負けて、彼を追い返せなくなった。
このチーズケーキの優しい味にはコーヒーよりも紅茶が合う。
熱い紅茶を淹れている間に、彼がホールケーキをカットしてくれた。たっぷり大きくカットした方を私によこし、彼はその半分ほどの大きさのを自分の分にする。
「こんなに食べられないよ……」
「大丈夫、今日ほとんど食べてないんだろ」
同じプロジェクト仲間の彼にはお見通しか。それ以上抵抗する気力もなくなり、小さなテーブルで向かい合って、チーズケーキをもそもそ食べ始める。口に含んだケーキはじゅわっとほどけて溶けていく。しっとりふわふわで甘さ控えめのチーズケーキは空っぽの胃に染み込むようで、とてもとても美味しかった。
半分くらい夢中で食べて一息つくと、彼は言った。
「俺はあの案も悪くなかったと思うよ。でもチーフは要求が高い人だから」
「……慰めなんか、いらない。やるわよ」
「そうだね。彼を唸らしてやりな」
彼はケーキを再び食べ始め、私も黙って残りのケーキに取りかかった。私が食べ終わったのを見届けると彼はさっと立ち上がり、
「じゃ、終電あるうちに帰るわ。また明日な」
「ん……」
喉の奥がつっかえたみたいになって、ありがとうの言葉が出ない。子どもみたいだ。彼はそんな私の頭をぽんぽんと軽く叩いてから帰って行った。
私は玄関ドアの鍵を閉めに行き、そこにしばらく突っ立っていた後、部屋に戻り、急いでベランダの窓を開けた。夜の空気が熱っぽい顔に冷たい。サンダルを縺れるように履き、手摺りに駆け寄って外を見下ろした。
街灯の下、遠ざかっていく彼の後ろ姿が見えた。じわりと温かい涙が滲んで彼の姿がぼやける。手のひらで目元を擦る。
背が高くてほっそりした彼のことを、私は時々冗談で足長おじさんと呼んでいた。彼はおじさんなんて、と嫌がっているけど、ぴったりだと思う。その後ろ姿に呼びかける。
「土曜日はグラタン作るからね」
グラタンは彼の好物だから。一緒に食べたらもっと美味しくなるから。
私の声は思ったより大きく夜の町に響いた。彼は驚いたように立ち止まって振り向くと、ベランダの私を見つけて大きく手を振った。
よく見えないけれど、きっと顔いっぱいで笑ってくれているんだろう。私の足長おじさんはそういう人だ。
「ありがとう」
私はさっき言えなかった言葉をそっと呟いて、大きく手を振り返した。
#53
ココロオドル
これってあの歌のタイトルだね。
頭の中でノリのいい曲が流れ出す。
ENJOY‼
日常で忘れがちになるこんな気持ち、もっと貪欲に持ち続けていたいな。
流されているような毎日に爪を立てて。
READY GO!!
#52
✧500ハートを超えました。たくさんの方に読んでもらえてとっても嬉しいです。ありがとうございます!
束の間の休息
終わった……。
何度も追いつきそうになっては突き放されて、あと一歩が届かなかった。まだショックが抜けきれません。
目の離せない試合でした。日本は本当に強くなった。でもアルゼンチンはもう一段強かった。
イージーミスもあったけど、皆が懸命に走り、ぶつかる音が聞こえそうな凄まじいタックルや素晴らしいキックやトライがありました。
球技と格闘技が混在するようなラグビーは、力と速さという相反する要素が必要な、本当にタフなスポーツだと思います。昨日の試合は決勝トーナメント進出を賭けたお互い必死な、追いつ追われつで見応えのあるいい試合でした。
日本のワールドカップでの挑戦は終わりました。今回のワールドカップが終われば監督が代わり、代表選手もほとんどのメンバーが代わるでしょう。寂しくなります。
選手、監督、スタッフ、そして関係者の皆さん、お疲れ様でした。束の間になるかもしれませんが、今は休息をとって心と身体を休めてくれたらと思います。
また、次のワールドカップで素晴らしいプレイを見せてもらえることを期待しています。
お疲れ様でした。ありがとう、ブレイブブロッサムズ。
#51