百加

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8/29/2023, 11:12:13 PM

言葉はいらない……ただ


 悲鳴のような歓声の中、まるでスラムダンクみたいだと俺は思った。
 1点差。
 第4クオーター、ラスト5秒。
 時間はない。
 奥に切り込めない。
 ここからシュートを打つしかないのか。

 その瞬間、目の端にあいつが走り込んでくるのが見えた。そこからはスローモーションのような記憶だ。言葉はいらない……ただ体が動いた。
 受け取れ。バックビハインドパス。
 わずかにディフェンスの動きが遅れて、あいつにボールが渡った。
 今だ!
 あいつはディフェンスの腕を強引にすり抜けて、体勢を崩しながらゴールに手を差し伸べるようにシュートした。
「行けえっ!!」
 空中に浮かんだボールは、きれいな放物線を描いて、ゴールリングに吸い込まれていった。
 同時に試合終了のブザーが鳴る。
 わずかな静寂の後、轟くような大歓声が湧き上がった。
 スコアボードは69−70。
 逆転だ。勝った。
 俺はコートに倒れ込んだ。もう一歩も動けない。でも最高の気分だった。
 口を開いて荒い呼吸をくり返し、今も病院にいるあの娘(こ)を思う。
 なあ、俺勝ったぞ。だからお前も頑張れ。手術は必ずうまくいく。




男子バスケット、頑張って欲しいです!

8/28/2023, 11:19:20 PM

突然の君の訪問


星降る夜に、
突然、君は訪れた。

ううん、突然じゃないね。
私はずっと待っていたから。

涙を堪える私に、
君は困ったように笑う。
その手が静かに私の頬に触れた。

8/27/2023, 10:43:33 PM

雨に佇む


 雨は嫌いだ。
 そういう人間は別に珍しくもないと思う。傘を持つのは面倒だし、遠出もしにくいし、濡れたら気持ちが悪い。
 でも大学生の時につき合った彼女は、雨になるといそいそと傘をさして出かける人だった。


 週末に部屋に行くよと約束していても、明るいうちに雨が降ると彼女は居ない。部屋から出て、近所の公園に居るからだ。さすがに大雨のときは出ない。
「またか、仕方ないなあ」
 僕が迎えに行くと、誰もいなくなった公園に水色の傘がぽつんと見えた。傘は木々の下を時々揺れては、しばらく立ち止まる。僕はすぐには声をかけずにそれを眺める。
 遠目には雨に佇むといった風情の彼女だったけれど、実際のところは、公園の木々が雨に濡れる様子や見つけたカタツムリなんかを喜々として観察しているのだった。

「晴れてる時と全然違うよ」
 彼女は絵を描く人で、雨に濡れた草木をよく絵に描いていた。元々は晴れた日に描いていたらしいが、ある日にわか雨に降られ、目の前の景色が濡れて刻々と変化していく様に目を奪われたのだそうだ。

「どこがそんなにいいの?」
「だって、すごく綺麗だから」
「晴れた日の方がいいと思うけどなぁ」
 首をかしげる僕に彼女はふっくらした唇を尖らせ、しばらく考えてから言った。
「えーっとね、そうだ、グラビアアイドル!」
「は?」
 彼女はいい例えだと言うように、明るい目をしてこっちを見上げるけれど、僕にはどういう意味かさっぱりわからない。
「ほら、グラビアアイドルのコとか、濡れた格好で写ってるのあるよね」
「あるけど、それが何?」
「だから、濡れてる姿が綺麗だと思う人がいるってことでしょ」
 確かにグラビアの彼女たちの濡れた姿ってのは、こちらの妄想をかき立てるところがある。
「でもあれは、ちょっとやらしい感じがするんだけど……」
 彼女の説明に僕がそう突っ込んでみると、彼女はぎょっとして目を丸くした。
「えっ? ま、まあ、そういう感じもあるかな。でも私、そんなこと考えて描いてないよ!」
「わかったわかった」

 僕たちは楽しくつき合っていたと思う。でも一足先に社会人になった僕は、日々の忙しさに追われて余裕を失い、すれ違い、結局彼女とは別れてしまった。今ならもう少し違う道があったような気がしてならない。 
 僕は雨が嫌いだけど、雨の中で楽しそうにしている彼女を見るのは好きだった。
 あれから何年経つだろう。
 今日の雨は、彼女が好きだと言ったあの日の優しい雨に似ている。




読んでいただいてありがとうございました。
ニワカですが、昨日の男子バスケの試合は面白かったですね! 熱かった!

8/26/2023, 11:48:26 AM

私の日記帳


アンネ・フランクは、キティと名付けた彼女の日記帳を親友と呼んだ。
自由のない、先の見えない苦しい日々の支えとした。

私の日記帳、あなたも私の親友になってくれる?
どんな醜い本音を知っても、ずっとそばにいてくれる?
私がたった一人になったとしても。

8/25/2023, 2:09:20 PM

向かい合わせ


聞いてない。
今日あのひとが来るなんて。
乾杯のグラスを持つ手が震えそう。
味なんてわかんない。

想定外。向かい合わせの席なんて。
まっすぐ笑いかけられて、息を呑む。
顔が熱い。心臓が胸から飛び出しそう。

その笑顔は社交辞令ってわかってる。
だけどチャンスかもしれないじゃない?
私は小さく息を吐き、うつむいてしまいそうな顔を前に向けた。

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