海へ
「私は海から来たの」
お祖母様はそう言いました。
「海の中はとても綺麗だったのだけど、お祖父様に会いたくて来たの」
声は出ないし、足が痛くて大変だったけど、とお祖母様は少女のように笑っていました。
あれから何年も過ぎて、お祖父様が亡くなり、一日中ベッドで過ごすようになったお祖母様は、遠い目をして言いました。
「海へ帰りたい」
気弱なことを、と誰もが本気にしませんでした。皆に愛されていたお祖母様は大事にされて、城の中で過ごすばかり。
でも叶えてあげればよかった。せめて海のそばに連れて来てあげればよかった。
今日、私はお祖母様の髪を一房持って海に来ています。青い海に髪を流したら、すぐに消えていくでしょう。
きっと帰りを待つものがいる海の底まで。
裏返し
スキの裏返し、いわゆるツンデレだね、愛があったらかわいく思えます。
裏返しで着てたシャツ、そんな隙だって愛があったら胸キュンかもね。
全てが裏返ったみたいって?
――仕方ないんじゃない? 愛が消えちゃったんだから。
ねえ、好きだったよ。
どうして好きでいさせてくれなかったの?
ずっと恋人のままでいたかったのに。
鳥のように
鳥のように、空を飛べなくてもいい。
軽やかな生き方はできなくてもいい。
ただ全力で、地面を蹴って跳ぼう。
さよならを言う前に
どうせ離れるなら、好きにならないでおこうと思った。
傷つくのが怖くて、好きな気持ちを素直に示すことができなかった。自信のない弱かったわたし。
あれから歳を重ねた。
時の魔法はゆっくりとわたしを育て、いまは大事な人に好きと伝えられるようになった。優しくしたい。いつまでも近くにいられるわけじゃないから。
あなたが好きです。何度でもこの気持ちを贈ります。あなたに会えて良かった。心の底からそう思っています。
さよならを言う前になったとしても、
そう言える自分がとても嬉しいのです。
『空模様』
ジリジリと肌を灼く痛いような日差し。
晴れ渡る夏の青空は、吸い込まれそうなくらい色鮮やかだけど、その下で暮らすヒトは暑さで息をするのさえ苦しくなっている。
エアコンを効かせた車の窓に馴染みの公園が見えてきた。木々の緑が濃く、夏の光に溢れている。
でも人影はない。
まるで時間が止まっているみたいだ。
一旦緩んだ車の速度がまた上がり、奇妙な景色はすぐ窓から見えなくなっていった。