いつもの時間に演奏者くんが見当たらなかったから、もしかして偉い人に捕まってしまったのかと慌ててしまった。
でも、彼が住んでる家の扉を開いたら、机に突っ伏して寝てる姿を発見してしまった。
「なんだ……」
良かった、なんて気持ちが湧き上がり、起こそうとしたけれど、ボクはふと手を止めた。
肩を揺さぶろうとした手を止めて、代わりに優しく頭を撫でる。
寝てるってことは疲れてるのかもしれないから、無理に起こすのは良くないのかもしれない。
だから、目が覚めるまでボクが隣で見張ってあげようとそう思った。偉い人たちに演奏者くんが奪われてしまうことがないように。
(現パロ)
「大丈夫なのかい!!」
そんな声が病室に響き渡った。
「……うるさいよ、フォルテ」
ボクがそう声を上げれば、足音が近づいてきてカーテンが開かれた。
「…………大丈夫なのかい」
「ここはさ、複数人が同時に入院できる病室なんだからさ、万が一他の人がいたらどうすんの」
「いないことは確認済みだよ」
「…………そういう問題じゃないよね」
ボクがため息をつくと、少しだけ心配そうな顔をしながら言った。
「それで、大丈夫かい? 交通事故にあったって聞いたけど」
「大丈夫。足が折れてるけど、そんくらい」
「足が折れてるのは一大事なんだよ」
「心配症だな、フォルテは」
まるで自分のことのように慌てているフォルテを見ていると、少しだけ落ちていた気分も紛れてきて、ボクは少しだけ微笑んだ。
嫌な予感がした。
何かが明日起こって死んでしまうようなそんな予感がしてしまった。
妄想、空想、その他の類だと頭に言い聞かせても一向にその予感は消えずに根付いてしまった。なんの根拠もないのに、その恐怖に脅かされてしまった。
もちろん彼は、何も知らないから、何も分かってないから無邪気な顔でボクに向かって笑いかけてくるから、余計に嫌な予感は消えなくて。
「明日晴れたら、ピクニックをしようよ」
気づいたらそんな言葉を吐いていた。
「……この世界に雨なんてないだろ」
そう君は笑いながら言ったけれど、ボクにはあまり関係がなくて。
「…………それでも」
嫌な予感がそんな約束で無下にならないことを分かっていながらボクはそう言った。
時々忘れてしまう。演奏者くんがボクの敵だってこと。
だってあんなに優しくて、かっこよくて、演奏が上手くて……。彼に関わっていけばいくほど彼が優しい人だって、ボクらの方が間違っているんだって分かってしまう。
でも、ボクが日々の報告をしに権力者タワーに行った時、絶対に聞かれる。
「あの邪魔者は改心したか」と。
もちろん理解してる。
彼はこのユートピアの理をねじ曲げて、迷い子たちが元の世界に帰れるなんて手段を作ってしまった。
それはこの世界を統治している偉い人にとっては一大事で、そんなことをしでかした彼は悪で。
そんな彼をボクが見張る係なことを忘れたことはない。彼が改心したらボクが死ぬってことだって分かっている。
でも、だからこそ、ボクは彼のことを知りたくない。彼のことを邪魔者だと称するやつらの仲間であることが急に痛感させられるから。
だから、一人でいたい。
「この世界が綺麗だと思ったことはあるかい?」
僕は彼女にそう尋ねた。
「…………綺麗なんじゃない?」
彼女は首を傾げながらそう言ったが、僕には賛成できなかった。
「……どうして」
「どうしてって。綺麗じゃん。青空とか」
「そういう意味じゃないんだよ。簡単に言えば……きみがやっている行いを綺麗だとか正しいとか思うかという話だ」
「……正しいんじゃない」
「なんで」
「だって、元の世界で上手くやれてなくてこっちに逃げ込んできてるんだよ? もう元の世界で暮らさなくてもいいように、こっちの世界で生きられるようにしてる。それって、いい事なんじゃない?」
人々を洗脳してこの世界でしか生きられないようにしているなんて思っていた僕は澄んだ瞳でそう言われて何も返せなかった。