失恋をした。
正確には『そういう目で見れるようなほど対等じゃないから恋愛なんてできない』なんて言われた。
訳が分からない。
僕と彼女が対等じゃないという言い分も、恋愛なんて『できない』なんて言葉のわけも。
どういう事なのか、と首を傾げることしか出来なかった。全く訳が分からない。
ただ一つ腹が立ったのはそんな曖昧な言葉で誤魔化されたことだ。
好き、とか嫌い、とかそういう言葉ではなく、かと言って『恋愛的な目で見たことない』でもなく、『対等じゃない』なんて言われてしまったこと。
そんな言い方をされるとは思ってなくて、だからそもそもこれを失恋と称していいかすら不明で。
だからまずは彼女をこちらに向かせなきゃいけない。対等とかそんな変な言葉も隔たりも作らず、ただ一人と一人の感情の話がしたいから。
これは少々面倒な感じもする一方でわくわくしてる自分がいた。
ものすごく正直に言うと、演奏者くんのことが好きだ。もちろん本人の前で言ってやるつもりはないけども。
ピアノの演奏が上手いところが好き。
頼んだらいつでも演奏してくれるとこが好き。
いつも邪魔してるボクを煙たがらないとこが好き。
ボクのこと対等に見てるとこが好き。
敵対してるのに姿が見えなかったから心配したって言ってくるとこが好き。
全部、全部好きだ。
本人には本当に言うつもりはないけども。
「たまには雨が降ってほしいものだね」
演奏者くんが空を見上げながらそういった。
「雨⋯⋯?」
「雨、知らないかい?」
「いやさすがに⋯⋯」
「じゃあなんでそんな反応を⋯⋯?」
「ほら、雨ってやな事ばっかだから」
ボクがそうぼやくと彼は笑った。
「確かに『人間』にとっては雨というものはけして心地いいものとは言えない。でもね、他のものにとってはそんなことはないんだよ」
「例えば?」
「最たる例は植物だろ。手作業で水をかけるのもいいかもしれないがやはり限度がある。やはり広範囲にかかる雨の方が有難いんだよ」
「ふーん」
「興味無さそうだね」
降らない雨の話をして興味がある方がおかしいんじゃない? なんて言わずにボクは曖昧に微笑んだ。
「梅雨はね、いいよ」
「なんで」
「雨が沢山降る、夏の準備をする⋯⋯⋯⋯いい事だらけだ」
「そんなに言うなら人間界に住んだら?」
「あはは、冗談だよ」
「何が?」
彼は答えなかった。
明るく笑った彼はなんだか晴天というよりも、雲から覗いた一筋の光をもたらすそんな時の太陽のような顔をしていた。
権力者のことを見ていると、時々小鳥のようだなと思ったりする。
無垢で何も知らない純粋な子、そんなふうに見えてくるのだ。
敵対してる相手に向かってそんな感情を抱くこと自体おかしいが仕方ない。
そもそも僕は彼女のことが好きなのだ。
そして、無垢な彼女を自分の手で汚してしまいたいなんて思っている。元天使とは思えないような発言ではあるが。
僕は堕天使で、人間まがいで、彼女もこの世界の権力者なら悪魔で、だから相性はいいんじゃないかな、なんて。
だからちょっとずつちょっとずつ僕のことを信用させて、僕のことばかり考えるようにさせて、そこで何らかの方法で『権力者』という立場であることを難しくさせて、誰も頼れなくさせてそこで僕が手を差し伸べれば、あっという間に僕のものになる。
だからそれまで僕は好青年を演じようか。
人生は旅なんて言葉が下界にはあるらしい。まぁ実際僕は人ではなく、なんならそもそも『人生』を歩んでるかどうかすら不明。まぁ要するにわりと謎な存在なのだ。
だがこのユートピアでの生活も旅の一種かもしれない。彼女を僕の方まで堕ちてもらって、一緒に遠くまで逃げてしまいたい。そこまでの時はすべて結果に至るまでの『旅路』であったと言えるだろう。
僕はそんな旅路を終わらぬものにはしたくない。逃げるまでの道のりは必ず絶対に終わらせなきゃいけない。
僕らの旅路はそこからが本番。幸せになるための旅路がそこから始まる。そこはきっと終わらない、いや「終わらせたくない」。