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5/5/2023, 10:32:26 AM

(あなたとの出会いがなければ、今の私はなかった)
 秋山を応援しにテーマパークへ通っていた美緒は、ある日を境に他のダンサーファンから嫌がらせを受けるようになった。
 このテーマパークでは、ダンサーとの距離が近いのが特徴のひとつだった。 ゆえにダンサーからのファンサービスを求めて、迷惑行為をする一部の客がいた。
 美緒がパレード待ちをしていた時、堂々とそこに割り込んできた女性客がいたのだ。
(せまいなあ……)
 割り込んできたその女性は、周りに荷物をひろげて居座った。 さらに、そこに友人3名を合流させたのだ。
 いたたまれなくなった美緒はスタッフに話をしにいった。
 スタッフから注意を受けた女性は、よい気分ではなかったのだろう。
次に美緒がテーマパークに行くと、仕返しとばかりに執拗に嫌がらせをするようになったのだ。

 ハロウィン限定でお客参加型のパレードがあった日。その女性はパレードルートを歩いている美緒を後ろから押した。
 美緒は転びそうになったが、一緒に来ていた友達に助けられ 事なきを得た。
「美緒ちゃん、いつからこんなことに?」
 帰り道、心配した友達が美緒にたずねた。
「前にパレードでの割り込みをスタッフさんに話した後からずっと、こんな感じで」
「スタッフさんには話したの?」
「話もしたし、インフォメーションセンターに電話もしたけど なかなか……」
「秋山さんに現状をお手紙で伝えてみたらどうかな?」
「そんな、心配かけたくないよ。それにダンサーさんにどうにかできるものでもないし」
「確かにどうにもならないかもしれない。でも、秋山さんがもしかしたら スタッフさんとか上層部の人に、こういう目にあっているお客さんがいますよって話してくれるかもしれないじゃない。エスカレートする前にダメもとでも書いてみたら? これ以上、エスカレートして 行くのがつらくなったら楽しめないじゃない」
 美緒は気が進まなかった。これまで、秋山にはパレードやショーを見た感想を手紙に書いていたからだ。
 個人的な相談や困りごとを書いても秋山を困らせるだけだと思ったが、これ以上エスカレートしてしまっては取り返しがつかない。 美緒は秋山への手紙に、テーマパーク内で起きている現状を書いて出してみた。パレードを見た感想とともに。

 美緒が手紙を出した数日後、テーマパークへ向かった。
(この間、秋山さんに出した手紙、無事手元にいったかな? それともスタッフさんの検閲入って捨てられたりしたかな……?)
 そんなことを考えながら 秋山がいるかどうかの確認もかねて シアターのミュージカルショーをチェック。
(秋山さんじゃない。山川さんチームだ)
 秋山はパレードへの出演だろうと予想して、ショーを見終えた後、美緒はパレードの待機列に入った。

 この日は日曜日で、パレードは2回行われた。
 2回目は前方で見たいと思った美緒は、早くから並んでパレード待ちをした。
 予想通り、秋山はパレードへの出演だった。
 美緒に嫌がらせをしていた女性はこの日は来ておらず、美緒はホッとした。
 2回目のパレードが始まった。
 フロートに乗った秋山がパレードルートを通過していく。
 美緒は小さく手を振った。
 秋山が美緒を見て笑顔を向けると うなずいた。
(あれ? 秋山さん、今うなずいたような。気のせいかな?)
 パレードがひととおり終わり、最後の外周。ここでダンサーはハイタッチや握手をしたりと、ファンとの交流が行われる。
 秋山が他のお客と握手をした後、美緒の近くにやってきた。
(ありがとうございます)
 その思いとともに美緒が手を差し出す。直後、秋山は驚くくらいの強い力で美緒の手をギュッと握った。
 力強い握手に、一瞬泣きそうになった美緒は秋山を見る。
 美緒の顔を見た秋山は何も言わずにうなずいた。
(もしかして、手紙読んでくれた……?)
 秋山が美緒に言葉をかけることはなかったが、「よく来たね。大丈夫だよ」という意味あいのリアクションだったのだろう。
 秋山のリアクションに励まされ、これからもテーマパークへ行く勇気をもらった美緒。
(秋山さんを見られるから、つらいことがあっても頑張れる。嫌がらせはまたあるかもしれないけど めげずにやっていこう)




5/4/2023, 10:55:49 AM

 放課後。 授業を終えたうさぎは、行きつけの広場へ向かった。
 そこは草原になっていて、天気がよいときは寝転がるのが習慣になっていた。
「今日もいい天気」
 うさぎは寝転がって、目を閉じる。
 心地よい風がうさぎの頬をなでた。

 いつの間にか、眠ってしまったうさぎ。
 彼女はそこで夢を見た。
「ハハハハハハ!」
 高笑いをする女性の声が響く。
「あなた、いったい誰なの?」
 うさぎは変身しようと、ブローチを手に取った。
「待て!」
 女性の手にはぐったりした衛が抱えられていた。
「まもちゃん!」
「この男を助けたければ、余計なことはするな」
「まもちゃん、まもちゃん!」

「…こ。うさこ! しっかりしろ!」
 衛の声でうさぎは目を覚ました。
「まもちゃん… 今のは夢?」
「なかなか来ないから、心配になって来てみたんだ。いつもうさこは天気がいい時はここによってるって言っていたし。それより、うなされていたけど大丈夫か?」
「うん。大丈夫」
 うさぎはそう言って立ち上がった。
「行こう。まもちゃん」
「ああ」
 2人は歩き始めた。
(たとえ何が起こっても、あたしたちなら乗り越えていけるよね)

5/3/2023, 11:53:40 AM

 2012年3月から2015年5月。
 美緒は都内のテーマパークで、1人のダンサーを応援していた。
 彼の名前は秋山伸一郎。 テーマパークで彼の出演するミュージカルショーを見たことがきっかけだ。

 外部のイベントがそのテーマパーク内であり イベントを見終えた美緒は、シアターで行われていたミュージカルショーに入った。
 そのショーに出演していたのが秋山伸一郎だった。
(この人、すごい!! 秋山さん、素敵な歌声だなあ)
 彼ののびやかな歌声と演技に、美緒は釘付けになった。
外部イベントを見に来ただけのつもりが テーマパークダンサーの演技に魅了されたのだ。

 以後、美緒は休みの時はテーマパークに通いつめた。
 年間パスポートを買い、パレードとショーをことごとくチェックし、秋山の出演予想を把握した。

 このテーマパークは、ダンサーとの距離が近いことも特徴のひとつだ。 パレード後には握手やハイタッチで、ダンサーとコミュニケーションが取れる。
 それゆえ、一部の過激なファンも多く 美緒は嫌がらせに巻き込まれたりもした。
 お客が参加するタイプの限定パレードで、他のダンサーファンの客に押され、怪我をしそうになったこともあった。
 美緒の友達は心配し、テーマパークに行くのを少し休むように忠告した。しかし、美緒はひかなかった。
「秋山さんの歌声に元気をもらえるから」
 それが美緒の口癖だった。

 初めて、ファンレターを書いたのも秋山だった。
(お返事なくても、応援の気持ちが伝わるといいな)
 返事を期待していなかっただけに 秋山から手紙がきた時は天にものぼる思いだった。
 美緒は秋山がテーマパークを卒業するまで 何度か手紙のやりとりをしていた。

 このテーマパークでは、毎年5月にダンサーの入れ替えが行われる。
秋山はベテランに入るレベルで いつ卒業してもおかしくはない状況だった。
(今期は卒業生、誰なんだろう?)
 不安と期待を胸にテーマパークのホームページを確認する美緒。卒業生一覧に秋山の名前はなく ホッと胸をなでおろした。
 その後、秋山から届いた手紙には「来期もパレードやショーに出るので、これからも応援してくださいね」と添えられていた。
(もう1年応援できるんだ)
 美緒はうれしさをかみしめた。

 2015年4月。
 秋山が出演しているミュージカルショーが5月いっぱいで公演終了とのお知らせがテーマパークのホームページにて発表された。
(もしかして、秋山さん卒業なんじゃ…。)
 そんな不安が美緒の頭をかすめた。しかし、卒業するなら 秋山から手紙なりでお知らせがあるはずと思い、美緒はいつも通りに過ごしていた。
 ミュージカルショーの終了を記念し、終了イベントも5月に行われるとのことで 美緒はチケットを手配。5月のイベントを待った。

 その後、ホームページにて卒業するダンサーが発表された。
 そこには秋山の名前が。
(ウソ…)
 美緒は目の前が真っ暗になった。
 ホームページでの発表後、美緒は秋山から卒業の連絡があるのではないかと手紙を待ったが 来る気配はなかった。
(いろいろ忙しいのかな。ミュージカルショーの終了イベントもあるし)
美緒は気を取り直し、秋山に手紙を書いた。ホームページで卒業発表を知ったこと、ミュージカルショーの終了イベントに参加すること、今後テーマパーク以外の外部公演などに出演の機会があれば教えてほしいことを添えて。

 
 秋山から手紙の返事がくることはなく、ミュージカルショーの終了イベント当日を迎えた。
 美緒はこれまでのショーやパレードで撮影した秋山の写真をフォトブックにまとめ、手紙を添えて テーマパークの受付スタッフに預けた。
(秋山さんに手紙を出せるのも今日までか)
 寂しい気持ちはありながら、秋山と手紙でやりとりできたことをうれしく思う美緒だった。

 ミュージカルショーの終了イベントが盛大に行われた。
イベント後、ダンサーとの写真撮影の時間がもうけられ 美緒は秋山のところに並んだ。
 撮影の順番になり、カメラをテーマパークのスタッフに渡して撮影。
 写真を撮り終えた後、秋山がやさしい表情で美緒を見ている。
「素敵なショーやパレードをありがとうございました」
 あまり話すと泣いてしまいそうで、それを伝えるだけで精一杯だった。
「地方のテーマパークに異動になります。これからも応援してくださいね」
 秋山にそう言われて、美緒はうなずいた。

「また、お手紙くださいね!」
 そう力強く言ってくれた秋山に美緒は驚いた。
 何も言うことはできなかったが、テーマパークを卒業した後も秋山に手紙を書けることがうれしかった。
 秋山は美緒にテーマパーク卒業後も手紙を出せる環境を用意してくれたのだった。
 卒業を知らせる手紙を出さなかったのは、普段どおり応援してほしいという彼の配慮もあったのだろう。

 その年の夏。美緒は秋山に残暑見舞いのハガキを送った。
 数日後、秋山から返事が届いた。
「いつも、お手紙ありがとうございます」
 地方のテーマパークへ異動になって、秋山をなかなか見に行くことは叶わないが この一文に美緒はうれしくなった。
(卒業前と変わってないなあ。秋山さん、お手紙を出せる環境を作ってくださって ありがとうございます)