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(あなたとの出会いがなければ、今の私はなかった)
 秋山を応援しにテーマパークへ通っていた美緒は、ある日を境に他のダンサーファンから嫌がらせを受けるようになった。
 このテーマパークでは、ダンサーとの距離が近いのが特徴のひとつだった。 ゆえにダンサーからのファンサービスを求めて、迷惑行為をする一部の客がいた。
 美緒がパレード待ちをしていた時、堂々とそこに割り込んできた女性客がいたのだ。
(せまいなあ……)
 割り込んできたその女性は、周りに荷物をひろげて居座った。 さらに、そこに友人3名を合流させたのだ。
 いたたまれなくなった美緒はスタッフに話をしにいった。
 スタッフから注意を受けた女性は、よい気分ではなかったのだろう。
次に美緒がテーマパークに行くと、仕返しとばかりに執拗に嫌がらせをするようになったのだ。

 ハロウィン限定でお客参加型のパレードがあった日。その女性はパレードルートを歩いている美緒を後ろから押した。
 美緒は転びそうになったが、一緒に来ていた友達に助けられ 事なきを得た。
「美緒ちゃん、いつからこんなことに?」
 帰り道、心配した友達が美緒にたずねた。
「前にパレードでの割り込みをスタッフさんに話した後からずっと、こんな感じで」
「スタッフさんには話したの?」
「話もしたし、インフォメーションセンターに電話もしたけど なかなか……」
「秋山さんに現状をお手紙で伝えてみたらどうかな?」
「そんな、心配かけたくないよ。それにダンサーさんにどうにかできるものでもないし」
「確かにどうにもならないかもしれない。でも、秋山さんがもしかしたら スタッフさんとか上層部の人に、こういう目にあっているお客さんがいますよって話してくれるかもしれないじゃない。エスカレートする前にダメもとでも書いてみたら? これ以上、エスカレートして 行くのがつらくなったら楽しめないじゃない」
 美緒は気が進まなかった。これまで、秋山にはパレードやショーを見た感想を手紙に書いていたからだ。
 個人的な相談や困りごとを書いても秋山を困らせるだけだと思ったが、これ以上エスカレートしてしまっては取り返しがつかない。 美緒は秋山への手紙に、テーマパーク内で起きている現状を書いて出してみた。パレードを見た感想とともに。

 美緒が手紙を出した数日後、テーマパークへ向かった。
(この間、秋山さんに出した手紙、無事手元にいったかな? それともスタッフさんの検閲入って捨てられたりしたかな……?)
 そんなことを考えながら 秋山がいるかどうかの確認もかねて シアターのミュージカルショーをチェック。
(秋山さんじゃない。山川さんチームだ)
 秋山はパレードへの出演だろうと予想して、ショーを見終えた後、美緒はパレードの待機列に入った。

 この日は日曜日で、パレードは2回行われた。
 2回目は前方で見たいと思った美緒は、早くから並んでパレード待ちをした。
 予想通り、秋山はパレードへの出演だった。
 美緒に嫌がらせをしていた女性はこの日は来ておらず、美緒はホッとした。
 2回目のパレードが始まった。
 フロートに乗った秋山がパレードルートを通過していく。
 美緒は小さく手を振った。
 秋山が美緒を見て笑顔を向けると うなずいた。
(あれ? 秋山さん、今うなずいたような。気のせいかな?)
 パレードがひととおり終わり、最後の外周。ここでダンサーはハイタッチや握手をしたりと、ファンとの交流が行われる。
 秋山が他のお客と握手をした後、美緒の近くにやってきた。
(ありがとうございます)
 その思いとともに美緒が手を差し出す。直後、秋山は驚くくらいの強い力で美緒の手をギュッと握った。
 力強い握手に、一瞬泣きそうになった美緒は秋山を見る。
 美緒の顔を見た秋山は何も言わずにうなずいた。
(もしかして、手紙読んでくれた……?)
 秋山が美緒に言葉をかけることはなかったが、「よく来たね。大丈夫だよ」という意味あいのリアクションだったのだろう。
 秋山のリアクションに励まされ、これからもテーマパークへ行く勇気をもらった美緒。
(秋山さんを見られるから、つらいことがあっても頑張れる。嫌がらせはまたあるかもしれないけど めげずにやっていこう)




5/5/2023, 10:32:26 AM