日差し
照りつける陽光は、暑くて痛かった。ジリジリと肌が焼けていくのを感じる。
帰ったらしっかり冷して化粧水をつけなければな。
高宮早苗は顔や腕を真っ赤にさせながらそう思った。肌が露出している部分が、この夏の強い日差しによって日焼けしている。どちらかと言うと、赤くなってヒリヒリするタイプなのでとてもじゃないがやっていられなかった。日焼け止めなんて気休めどころかなんの意味もない。日傘なんて気のきいたののは持っていない。何なら、長袖で動くだなんて言語道断だ。だがそれでも日傘くらいは持ってきておけば良かったと思う。暑い。痛い。なんかもう暑すぎてふらふらしてきた。こんな時間に外へ出るべきではなかった。
「おい。大丈夫かよ」
早苗の隣で黙って歩いていた宮川翔吾がそういって声をかけてきた。早苗が翔吾に目を向けると、汗をかき、やや気だるげな顔でこちらの方を見つめている。いや、ちょっと、大丈夫でない。そう早苗が言うと翔吾が眉を寄せて険しい顔をした。
今はちょうど、コンビニも図書館も入れる店も何もない日当たりの良い大きな病院だけが見える大通りなので、涼めるところがないのだった。
「あと少しでつくんだがな」
「そう、だね。でも、もう歩く気になれないぞ僕は」
「自販機か何かあればちったあマシなんだがな」
あたりを見渡すが、そんなものはなかった。早苗は残念だと力なく笑う。しかし、まさかここまで日差しが強いとは思わなかった。それと自分の体力の無さにも。
「病院にでも入って休ませてもらうか?」
「いや、流石にそれはちょっといやだな。でも、君におぶって貰うのはもっと悪いし……」
そうなるともう、歩くしかないだろう。早苗はややふらつきながらも目的地の古本屋まで歩みを進めようとした。隣の翔吾が無理すんなと声をかけてくる。
「別に苦でもなんでもねえから担いでいく。それでいいだろ」
そういって担がれてしまった。炎天下の中早苗の体と翔吾の体が密着する。いや、暑い。というか熱すぎる。いくら仕方ないとはいえ、夏に密着するものではない。普通にしんどいぞこれは。
「あのーショーゴくん。引きずってくれた方が、僕としてはまだ嬉しいんだが」
「は? 何いってんだよ。引きずる方が危ねえだろうが」
「ああ、うん。そうだよね。ごめん」
結局、担がれたまま古本屋まで連れていかれた。古本屋の店主からは「なんというか、お暑いねえ」とどっちの意味かわからない言葉をありがたく頂いてしまい、早苗は真っ赤になった顔でそうですねと力なく呟いた。
赤い糸
赤い糸がある。
ごく普通の、運命のとかそういう枕詞のない、ただの赤い糸だ。
それを高宮早苗は、どういうわけかすっごいニコニコした顔で、宮川翔吾のところに持ってきた。まるで猫が獲物を捕まえて飼い主に誉めてもらおうとしているように見えた。
「なんだよそれ」
笑顔と赤い糸を交互に見て、翔吾は早苗に話しかける。早苗は、胸をはってよくぞ聞いてくれたとでも言いたげな態度で話し始めた。
「先日、両親と自宅で糸の染色をして遊んでね。見事な色の糸が出来たから持ってきたと言うわけだ」
ごらん、この色。ここまできれいな赤色は売り物以外でみたことないだろう。元は白かったらしい糸をずい、と差し出しながら得意げに早苗は話す。
確かに、これほど綺麗な赤い色を出すのは難しいだろう。食紅を使ったのか草木染めをしたのかはわからないが、思色と呼ばれる赤いその色は、とても鮮やかだった。
「すげえなこりゃ」
翔吾は早苗から糸の束を受け取る。早苗はそうだろうそうだろうと何度も頷いた。
「君のため 茜を取りて 糸染める 糸の色こそ 我が思いなれ」
その歌を聞いて、翔吾は早苗の顔をじっと見た。早苗の頬は鮮やかに、赤い色に染まっていた。
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短歌って難しいですね。
夏
早苗「夏だ! 山だ! カブト狩りだ!」
翔吾「それを言うなら夏だ、海だ、潮干狩りだ、だろ」
早苗「残念ながらここは山の中なのでね。変えさせてもらったよ。しかし、海かあ。行きたくはあるな」
翔吾「いきゃあいいだろ。……片道二時間から三時間くらいか」
早苗「僕ら二人でいくには少し遠いな。いや、しかし、僕らはもう高校生。しようと思えば旅行くらいはさせて貰えそうな年齢だ。いや、でも、ワタシハ結構体が弱いから何かあったら困るし……」
翔吾「……早苗」
早苗「なんだいショーゴくん」
翔吾「なんかあったら俺が責任とる。俺に無理に引っ張って連れて来られたとでも言え。だからやりたいことをやめようとか、そういうのは考えるなよ」
早苗「ショーゴくん──優しいなあ。でも、僕は君のせいにするのは嫌だからね。それに責任をとるのは言うは易く行うは難しだ。簡単に言うてくれるなよ」
翔吾「……そうかよ」
早苗「まあ、でも、君の思いは確かに受け取ったよ。あ、そうだ。ここはどこぞの青春小説や漫画よろしくクラスのみんなで海にいくっていうのはどうだい? そうすれば何かあっても誰かがいるから安心できるし、なにより、面白そうだ」
翔吾「じゃあクラスの奴らに声かけてみっか」
早苗「ああ。是非ともそうしてくれ。可能なら、送り迎えをしてくれる保護者も手配してもらうようにお願いしよう」
好きな色
早苗「聞いたか、ショーゴくん。我らが担任の好きな色はピンクだそうだ」
翔吾「へえ。なんつーか、意外だな」
早苗「だろう? しかし、ピンクがどうも好きな色らしい。いやあ、あの体格とあの顔でピンクが好きだとかちょっと意外通りこして驚きだよな。これは明日、担任に詳しい話を聞かねばならん。なので話すきっかけ作りとしてピンク色の何かを送ろうと思うのだが、何がいいだろう? 便箋では面白くないな。服は高いからダメだ。あとは……」
翔吾「早苗」
早苗「うん? これは前にあった光景と似ているぞ。さてはからかわれることに勘付いた担任が怖い顔してやってくるパターンだな」
翔吾「まあ合ってるが気を付けろ」
早苗「ふふ。僕はきちんと学習する人間でね。そんな訳で逃げさせて貰うよ!」
担任「残念だが、もういるんだよなあ。……お前の後ろに」
相合傘
早苗「僕らが相合傘を試そうと思ったら、体格に差がありすぎてどちらかが悲惨な目にあいそうだな」
翔吾「傘を大きくするにも限界があるしな」
早苗「そうだね。なんにしても身長と横幅の関係で、絶対どちらかが雨で濡れるだろう? それで風邪を引いてしまうのは僕にとって面白くない。と、言うわけで、日傘で相合傘をしてみるのはどうだ? これなら誰も濡れなくてすむぞ!」
翔吾「別にいいけどよ、それするならでかいパラソルか屋点傘用意しねえ?」
早苗「その心は?」
翔吾「パラソルなら海にいく。屋点傘なら茶を立てる」
早苗「……ショーゴくん。君、なんて面白そうなことを言ってるんだ! 海にいくのも茶を立てるのもいいな! 絶対楽しいやつだ!」
翔吾「気に入っていただけたようで何より」
一ノ瀬「……なあなあ。あいつらああ言ってるけど、それじゃあ相合傘じゃなくね?」
栢山「と、思うけど……だめだな。あいつらもう自分の世界に入ってやがる」