割りと無茶な事をいっても、ゆるしてくれる彼の事だ。真夜中に急に会いに行ったところで叱ったあと、ゆるしてくれるだろう。
そう思い夜の真っ暗闇の中を僕はとてとてと歩いていた。
僕らの住んでいるところは田舎だけども、あまり星は見えない。というより、旧市街地のため田舎の中でもそこそこ栄えているのだった。なんだかんだで家がある。そして街灯がある(これで自分たちの住んでいるところを田舎だと言うと本当に街灯ひとつないところに住んでいる同級生数名が怒り出すのだが)。
星の光は、ぽつ、ぽつ、と遠くに光る街灯の赤い光が空を照らして、星を隠す。家の光もそこに加わればさらに見えにくくなる。加えて、最近は不審者や害獣対策で何か動くものがあると玄関先や家の前の灯りが点くようになった。今は月くらいしか、天の光は見えないのだ。
その中を僕は歩いて彼に会いにいく。
理由は、と聞かれたら「面白そうだから」以外にない。
だって寝ているかもしれない真夜中に急に自分の知人が訪ねて来るんだぞ。絶対面白いじゃないか。
彼は一体、どんな顔をするだろう。しかめ面をするだろうか。本当に来たのかと呆れるのだろうか。もしかすると眠っていて僕が家の近くへ行っても気が付かないかもしれない。
もし寝ていたら窓から侵入できないかな。彼の部屋は一階だったはずだから、侵入は割と簡単なはずなのだ。窓ガラスの鍵だけが心配ではあるが。
いや、はや、想像しただけで面白く感じる彼の家から自分の家までちょっと距離があるのは難点ではあるが、それすらも僕の好奇心を掻き立てる一つの道具に過ぎなかった。何事も頑張った方が、達成感は大きいからね。
僕はくふくふと笑い声を上げた。夜の道に僕の声は存外大きく響く。そもそもたまに通る車以外、僕くらいしか外にいないのだ。人気のないところだと人の声は大きく響くものだろう。
だが僕のそんな声に反応する光があった。僕が歩くずっと先、街灯がギリギリなくなる暗闇の中に、やや黄色い光がゆらゆらと揺れている。
多分誰かが懐中電灯か何かで照らしているのだ。光はちょっとずつ大きくなり、僕の方に近寄ってくる。やがてぼんやりと暗闇の中に一人の人間の姿が浮かび上がってきた。僕が会いに行こうとしていた彼、宮川翔吾その人だった。
「早苗、お前なあ……」
ハァハァと息を切らせてやってきた彼は険しい顔つきで僕を睨んだ。僕は思ってもみない展開に一瞬面食らう。
「驚いたな。ショーゴくんから来てくれるとは」
寝ていると思ったぞ。僕がそういうと、彼は僕の肩を強く掴んで低く呟いた。
「出歩くな。心配する」
あ、これは相当怒っているな。ただでさえ言葉数が少ないのに、さらに言葉を削って言い放っているんだから。
「悪かったね。真夜中に遊びに行ったらどうなるかと好奇心が募って、どうしても会ってみたくなったんだ」
そういうと、彼がなんかものすごい勢いで脱力したように感じた。というか怒りを通り越していっそ呆れたみたいだった。重いため息が夜の闇に吸い込まれ、どこかへと溶けていく。
そして数秒、彼は目を瞑った。目を再びあけた時には、まっすぐに突き刺さる剣のような瞳があった。
「次はねえ」
僕は静かに頷いた。頷くしかなかった。流石にここまで怒っている彼は出会ってからはじめてみた。ここまで強く肩を掴む彼をみたことがなかった。彼が真剣に次はないと釘を刺すなんて知らなかった。
「ごめん」
そういうと、「おう」と言い返された。もう肩を掴む手に力は入っていない。鈍い痛みがするにはするが、いつものがっしりとあたたかい手のひらの感触が布越しに伝わるだけだ。その手もやがて離れていって彼が僕の隣に立つ。これでいつも通りになった。僕はそのことに少しほっとして、彼にくっつきながら歩いた。
「それにしても、僕が真夜中に会いに行こうとしたら、心配して走ってくるなんて、僕は相当君に気に入られているんだな」
「……そうだよ」
だから待ってろ。
それを聞いて僕は思わず「え」と驚いた声をあげてしまった。僕は数分くらい、何も言えなかった。二人分の足音が、なんかやけにうるさかった。
「……会いし来いしと 月が望めば 君は来るのか 真夜中に」
「……あいしこいしと 月は追うけど 追いかけたいは こちらの方」
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登場人物に都々逸詠ませたくて書こうとしたのですが、まず都々逸を考えることが私には難しかった。
「愛があればなんでもできると思う?」
僕がそう聞くと、彼は不思議そうな顔をして言うんだ。
「俺たちの関係ってそんなんだったか?」って。
それを言われて、僕はなんて思ったと思う?
「確かに」と思ったんだ。
僕たちの関係は、愛だとか恋だとか名前でくくれるようなものじゃなかった。だから、愛があればなんでもできるかって質問は不適切だった。
じゃあ何が適当な質問かって言ったら、多分これなんだよ。
「僕がお願いしたら、なんでもしてくれる?」
そう聞いたら、彼はため息をついた。
「俺ができるものだけな」
早苗「正直、悪かったと思っているんだ。反省も後悔もしているとも。でも、あの時は面白そうだと思ったんだ。まさかこんなことになるなんて思いもしなかったからね……」
翔吾「俺も、お前をもっとしっかりとめてりゃ良かったって思うよ」
早苗「いや、いや。君は悪くないんだ。それにこれは僕がやると言い出した事だから君は先に帰ってくれて構わない。僕一人で頑張ってやってみせるとも」
翔吾「無理だろ」
早苗「ムリだと言われてもやりとげてみせる……」
翔吾「お前な、この状況みてまだ一人でどうにかできるって言えるのかよ」
早苗「……」
翔吾「どうだよ、早苗」
早苗「……ムリだな」
翔吾「だろ? なら2人でさっさとしちまった方が早いだろうが」
早苗「……本当にすまない。僕が先生に夏休みの宿題のプリントのホッチキス止めをしていく作業を面白そうだから手伝いたいと言ったばかりに……」
翔吾「数学だけとはいえ全校生徒分あるからな」
早苗「なんなんだこの枚数……。しかも僕らの学年が一番枚数が多いだなんて……! 一番知りたくなかったぞ……!」
「花になりたい」
宮川翔吾が机に向かって勉強をしていると、不意にそんな声が聞こえてきた。声の方へ目を向けると同じく勉強をしていたはずの高宮早苗が、国語便覧の百人一首のページを開きながら頬杖をついている姿があった。
「花はいいよなあ。咲いているところから散り際まで美しくて」
その言葉に翔吾は首を捻った。正直、花がそこまで美しく散るものだと、翔吾は思っていない。大半の花の散り際は萎む。早苗は月下美人や朝顔の萎む様を見たことがないのだろうか。美しい花がちぢれて皺だらけになる姿は、どこにも美しいと思えるものがない。
翔吾がそんなことをいって早苗に聞かせると、早苗が鼻で笑ったような息を吐いた。
「全く、君はよく花を観察しているが趣がないな。それに、この花というのは梅や桜のことだ。風に身を任せて散っていく美しい花たちだよ。美しいとは思わんかね」
そう言われてそういうことかと呟いた。梅はとび桜は散るとは誰がいった言葉だったか。確かに、梅や桜の花の終わりの姿、雪のように風に流されて降りそそぐその様は大層美しい。
ただそれは、萎む前に散るからであり、風に身を任せられるからではないかと思う。
そして、高宮早苗という人間は、萎む前に散りそうかと言われたら、まあそんなこともあるだろうが、多分風に身を任せられる人ではないように思う。
「台風の日に外に出て風には負けないとか言ってたやつが言う言葉じゃねえなあ」
そうぼやくと早苗から酷いやつだと抗議の言葉が飛んできた。
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久しぶりに地の文つきのものを書いた気がする。
翔吾「『おうち時間でやりたいことはなんですか?』なんだこれ?」
早苗「あ、ショーゴくん。これはあれだ。所謂お題というやつだ。お題にそった内容のことを言うんだよ」
翔吾「ふーん」
早苗「しかしこれはあれだな。学生の僕らにはあまり関係ないものに見えるのだが……。でもまあ面白そうだからいいか」
翔吾「いいのか」
早苗「いいんだ。と、言うわけでおうち時間でやりたいことなんだが……。そうだな。本も読みたいしゲームもしたいし勉強をするのも手だし遊ぶのもいいな」
翔吾「ほとんどいつも通りじゃねえか」
早苗「正直おもしろければ日常でも非日常でも関係ないからね」
翔吾「そういうもんか」
早苗「そういうものさ。で、翔吾くんはおうち時間でやりたいことは何かな?」
翔吾「そうだな……お前が前に言っていた段ボール迷路を作ってみるとかだな」
早苗「お、いいね。暗い狭いゴールどこだって言いながら遊ぶのはおもしろそうだ」
翔吾「あとはあれだな。今の時期なら梅の実がとれるころだろ。実をとってきてジャムにするのもいいな」
早苗「なんだいそれ! 君がジャムをつくるだなんて実におもしろそうじゃないか! というか料理が出来ることに驚きだよ」
翔吾「弁当は自分で作ってるって前に言っただろうが。あとは……そうだな。お前がやりたがっていた歌詠みをするのもいいし、蘇を作ってみるのもいいな。それから……」
早苗「ショーゴくん、ストップ」
翔吾「なんだよ」
早苗「君さっきから僕がやりたいことを言ってないか? 君がやりたいことをいっていいんだぞ。そもそも、なんで僕らが同じ家にいる前提なんだい? 僕ら確かに一緒にいることが多いけど、住むところは別々だろう?」
翔吾「俺がやりたいことを言ったつもりなんだがな。けど、そうだな。お前がうちに来ないで一人でいるときにやりたいことは何かつったら……今は手紙をかくだな」
早苗「それ、誰宛?」
翔吾「お前」
早苗「さては君、からかっているな? というか、あれだろ。この前花火しようぜって学校に花火持ってきて二人で怒られたの、まだ根に持ってるだろ?」
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作者のおうち時間でやりたいことは「布団を干す」です。