長月より

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「花になりたい」
 宮川翔吾が机に向かって勉強をしていると、不意にそんな声が聞こえてきた。声の方へ目を向けると同じく勉強をしていたはずの高宮早苗が、国語便覧の百人一首のページを開きながら頬杖をついている姿があった。

「花はいいよなあ。咲いているところから散り際まで美しくて」

 その言葉に翔吾は首を捻った。正直、花がそこまで美しく散るものだと、翔吾は思っていない。大半の花の散り際は萎む。早苗は月下美人や朝顔の萎む様を見たことがないのだろうか。美しい花がちぢれて皺だらけになる姿は、どこにも美しいと思えるものがない。

 翔吾がそんなことをいって早苗に聞かせると、早苗が鼻で笑ったような息を吐いた。

「全く、君はよく花を観察しているが趣がないな。それに、この花というのは梅や桜のことだ。風に身を任せて散っていく美しい花たちだよ。美しいとは思わんかね」

 そう言われてそういうことかと呟いた。梅はとび桜は散るとは誰がいった言葉だったか。確かに、梅や桜の花の終わりの姿、雪のように風に流されて降りそそぐその様は大層美しい。

 ただそれは、萎む前に散るからであり、風に身を任せられるからではないかと思う。
 そして、高宮早苗という人間は、萎む前に散りそうかと言われたら、まあそんなこともあるだろうが、多分風に身を任せられる人ではないように思う。

「台風の日に外に出て風には負けないとか言ってたやつが言う言葉じゃねえなあ」

 そうぼやくと早苗から酷いやつだと抗議の言葉が飛んできた。

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久しぶりに地の文つきのものを書いた気がする。

5/14/2023, 11:00:12 AM