五時間目の選択の美術の授業で、「自分の心を色で表してください」なんてものが出た。
それを早苗に話をしたら面白そうだと言い出したので俺は「お前の心を色に例えたら、さぞカラフルなんだろうなあ」と言った。実際、こいつはよく表情も変わるし、面白いことが好きでよく色んなことに首を突っ込むし、それに伴ってよく動く。
だから俺から見たら、こいつの心にはたくさんの色が付いていて、感情が豊かなんだろうなとそう思っていた。
だけど早苗はどうも違うようで、一瞬、表情をなくした後いつも通りに笑い出した。
「いやあわからないよ。本当は色がないから、色をつけたくて必死になってるのかもしれないよ?」
「答案用紙はやっぱり、ちぎって紙吹雪にするか紙飛行機にしてとばすにかぎるよなあ」
高宮早苗はそういうと、期末試験の答案用紙の束を抱えて渡り廊下の方へと去っていった。さすがに校内にゴミをまくのはどうかと思うので宮川翔吾は大きくため息をついたあと早苗をとめた。
「やめとけ。するなら自分の家でしろ」
「ええ。青春1ページにふさわしい光景になると思うんだが、だめかい?」
「その青春はあとで職員室で徹底的にしぼられるがセットだろ。お前は楽しいかも知れないけど俺にとばっちりが来る」
翔吾は早苗の肩をひっつかんでずるずると引きずりながら教室に戻った。早苗は大人しくされるがままで、「そっか~」といいながら引きずられていた。
「答案用紙を風に乗せてとばすのは面白いことだと思ったんだけどなあ」
「面白くはあるかもしれねえけど、その分面倒だからだめだ」
そう。面倒だ。それなりに仲のいい担任が疲れた顔をして紙吹雪や紙飛行機を回収する姿を見るのも。ちゃんと見張っとけと何故か保護者扱いされて怒られる自分のことも。職員室に呼び出されて怒られている早苗を見るのも。
何もかも面倒だ。面倒なことはしないに限る。
「え~。じゃあ他に何かある?」
引きられる早苗はそんなことをいいながら紙の束をいじる。どうもこの答案用紙を何かしら活用しておもちゃにするか捨てたいようだ。誰にも見せたくないのだろうか。成績は悪くなくそれなりに良い点数が書かれているのに。
「……帰るぞ」
翔吾は教室の扉をあけたあと、鞄を早苗に押し付けてそういった。早苗は急に鞄を渡してくる翔吾に「え? 何?」と首をかしげている。
「やりたきゃ俺んちでしとけ。それなら誰も文句言わねえよ」
そういうと、早苗は一瞬、パチ、と目を瞬かせた。そのあとすぐにニヤっと楽しそうに歯を見せて笑った。
「いいじゃないか! ならさっそくショーゴくんの家に向かおう!」
答案用紙の紙飛行機は風に乗ってそれなりに遠くまで飛んだ。
刹那といえば、どこか心をくすぐるような魅力的な何かを感じないかい? 僕? 多いに感じるぞ! みてくれたまえ。響きも感じもかっこいいじゃないか!
え。何? 中二くさい。ははあ。ショーゴくんは背伸びがしたいお年頃というやつだな。だが安心したまえ。僕からみれば君はまだ子供だ。もちろん、自分だって子供だ。ようやく高校一年生になったばかりなんだぞ。当たりまえの事じゃないか!
そう。それで、刹那の話しだったよな。いい響き、いい言葉だとは思わないか? 辞書でひらいたら極めて短い時間の事をあらわすらしいぞ。へえ。はじめて知った。俺の頭のしわが一つ刻まれて賢くなったな。ああ、話しをおって悪かったね。それで、この刹那、刹那ね。いいと思わないかい? 一瞬でも瞬間でもちょっとの間でもjust momentでもなく刹那なんだよ。なんかこう、ぶった切られた感じがしないか? あ、ショーゴくんが鉈を持っているのをみてそう思ったわけじゃないからね。鉈を持っていなくてもぶった切られた感じがすると俺は言うよ。
まあそれで、そのぶった切って流れを変えようとする異質な感じ、これが如実にあらわれているのが刹那だ。うん。そうして考えるとやっぱりいい言葉だ。中二に患うという噂のあの病は、あながち悪い病気でもないんだな。だって僕はこんなにも感激しているぞ。
そして刹那と表現できるものが欲しい。ぶった切って一時停止した空白の世界とか体験したことないからな。よしショーゴくんこれから一緒に刹那的な瞬間を探しに。
………びっくりした。
生きる意味
———————
早苗「哲学的なことを言うようだけれど、僕は面白いことを見聞きするために生きているんじゃないかと思うんだ」
翔吾「ほー。で、急にどうした?」
早苗「いや、こう、つまらんから言ってみただけだ」
翔吾「そうか。じゃあこの話はおしまいだな」
早苗「いや、そこで止めるんじゃない! 俺の話を聞き給へ!」
翔吾「もう聞くものねえだろ」
早苗「ちょっと今から哲学じみた話をしようとしたのになんだその態度は! もうちょっとこう親身になってくれてもいいじゃないか!」
翔吾「読書中に相手してやってんだ。十分親身だろうが。ていうかお前、哲学じみた話とかできるのかよ?」
早苗「……」
翔吾「おいそこ、黙るな」
早苗「いや、よく考えたら哲学じみた話とはなんだと思ってね」
翔吾「自分で言っててわからなかったのかよ」
早苗「わからなかったわけじゃないさ。でも、そうだなあ。退屈だったんだよ。わかるだろう? 退屈になったら人は生きる意味を考え出すんだ。それで私は面白いことさえあれば生きていけると気がついたんだ」
翔吾「そうかよ。で、もう気はすんだか?」
早苗「このくらいで気がすむと思っているのなら俺の退屈は苦労しない」
翔吾「じゃあ何すりゃいいんだよ」
早苗「そうだなあ。僕のためにコーヒーをいっぱい用意してくれたまえ。あ、ミルクと砂糖は多めで」
翔吾「割と楽な解決策がある退屈だな」
——————-
(本日は地の文を書く余裕がなかったので会話文でお送りしました)
宮川翔吾には、流れ星に願い事をするという、そんな趣深いことをする感性はない。
ないにはないが、流れ星に願い事をする人間はいると思っている。ただ自分がしないだけで大半の人間はするだろう。そう思っていた。
だから急に夜中に天体観測をしようと半強引に連れていかれ、流れ星が流れた瞬間に、金が欲しいと情緒もへったくれもなく願いを、隣で星を眺めていた高宮早苗が叫び出したことは、ちっとも変だとは思わなかった。ただ、情緒がねえなとは思ったが。
「もっと他に願いはねえのかよ」
「ないな。残念ながら。なんて言ったって、金は全てを解決する。これは真理だからだ!」
今自分は天体望遠鏡が欲しい。あと一人暮らしがしたい。漫画が買いたい。これらを解決するのは全て金だ。金がいる。金が欲しい。そんな色気もへったくれもない話を早苗はする。まあ確かに、欲しいものが金で解決するものなら金が欲しいか。しかも自分たちはまだ高校生でバイトで、金を貯めたとしても微々たるもので、欲しいものがたくさん買えるかと言われたら微妙なところはある。そういう点ではある意味、高校生らしい願い事なのかもしれない。
「ところで、ショーゴくんは何か願い事をする気はないのかい?」
ほらほら、早くいいたまえ。満点の星が瞬く中を、一筋、流れ星が通り過ぎた。数秒後にはまた一つ、チカ、と光る。
そういえば今夜は流星群だとかニュースで言っていたな。だから早苗は天体観測をしようと言い出したのだろう。今更気がついた。
ただ、急に願い事はないかと言われても困る。願い事だなんて、そんなものはない。そんな趣深い感性はない。
そもそも、願いは自分で叶えるものだ。誰かに願って叶えてもらうものではなく。
「んなもんねえよ。自分で叶える」
だから翔吾は早苗にそう言った。そういうと、早苗は一度大きく目を見開いた後、すぐに悔しそうな顔をした。
「……やられたな」
「何が」
「自分もそうすりゃ良かった〜!」
真夜中の空。満点の星。いくつもの光の筋が流れる下。
早苗の心底悔しそうに叫ぶ声を隣で耳にしたのだった。