【友達】
だってホントに友達だもんな。
俺ら友達だもんな。
先輩後輩で仕事仲間で友達。
それから恋人ってのも付け加えていいだろ。
一つくらい付け加えたって邪魔にはならねーと俺は思うんだけど、君はどう思う?
友情と愛情、どっちか選ぶんじゃなくて、どっちもアリだろ。
先輩後輩で仕事仲間で友達で恋人。
ほら、そんな深刻な話じゃない。
俺ら、仲良しってことだよ。
【衣替え】
「ほら、そっち片付けて」
君がイキイキと俺に指図する。
日常生活を送るギリギリの生活能力しかない俺からすると、衣替えなんて天地がひっくり返るような一大事。
それを君はTシャツや半袖をサッとケースに仕舞うと、続いてコートやセーターを魔法のように取り出した。
「こんなの持ってたっけ?」
見慣れない黒革のライダースジャケットに首を傾げていると、君は「覚えてないの?」とほっぺたを膨らませる。
「このジャケット、一緒にボクシング観に行った時に着てたじゃん」
「あ!そーだそーだ!思い出した!」
君と一緒にボクシングを観に行った時、昔友達から貰ったライダースを着たんだ。
珍しくハードにカッコつけた俺に、君が小さく「素敵だよ」って囁いてくれて……。
うん。なかなか良い夜だった。
「ちょっと!ボンヤリしてないで、これ早くハンガーに掛けて!」
真っ赤な顔で言いつける君も、きっと同じこと思い出してるに違いない。
【始まりはいつも】
恒例の散歩で、下町の味のある住宅地を君とブラブラ歩いていた。
午後の昼には遅く、おやつには早い中途半端な時間だからか、密集した住宅地なのに人の気配がない。
ブロック塀に沿って発泡スチロールの花壇が並び、そこに植えられた花がなんなのかもわからない。
俺たちは不思議な町に迷い込んだような感覚になり、普段だったら絶対にしないのに、いつのまにか手を繋いで歩いていた。
「あ、キンモクセイ」
君は鼻が高いからか、匂いに敏感。
「ほら、あそこに咲いてる」
長い指がさす路地の角には、オレンジ色の小さな花をくっつけた金木犀が見えた。錆びた金網越しに金木犀の枝が伸びて、路地いっぱいにいい匂いが広がっていた。
秋の始まりはいつもキンモクセイ。
俺たちが始まった季節がまたやってきた。
君は「秋だね」と嬉しそうに笑って、手を繋いだまま元気よく歩き出した。
【すれ違い】
すれ違いって、ホラ昔のゲームであったじゃん。すれ違ったら、ゲームのアイテム交換できたり、キャラクター同士で挨拶できたりするやつ。
もちろんお互い知らないままで、多分一生話すこともない人と偶然すれ違うだけ。ゲームの中でちょびっとだけ、触れ合える。
──偶然。
ひょっとしたら、おれ、おまえとすれ違うことすらなかったかもしれないんだよな。
あ。ダメだ。
こんなん考えただけで泣きそう。
うん……ありがと。今はこうしていていい?
【やわらかな光】
やわらかな光が斜めに差し込み、ソファで本を読む君の足元を三角に照らしている。
なんでもない休日の午後。
おれは2人分のコーヒーを淹れ、黙って君の前に差し出す。
君は優しく笑って、また本の世界へ。
おれはコーヒーを飲みながら、楽器の手入れ。
2人に今は言葉はいらない。
やわらかな光に包まれて、今はそれだけでいい。