#駆と棗 (BR)
Side:Kakeru Mizushina
「…え?これどういう状況…?」
貸してもらっている合鍵を使っていつものように棗くんの住むアパートに遊びに来たら、寝室にある狭いクローゼットの中で何故か体育座りをしている棗くんを発見した。
"棗くん、こんな狭いところに閉じこもって何してるの?"
"駆…!いいから早く、扉を閉めて!"
"えっ?どうして??"
棗くんの震える指がさしている方向を見ると、部屋の床を横切る八本足の黒い影が。
なるほど、犯人はこいつか…!
"早く何とかしないとあの蜘蛛こっちに来ちゃうよ…!どうしよう…"
"…棗くんはここにいて。俺が何とかする!"
幸い俺はGがつくアイツ以外ならほぼどんな虫と遭遇しても大丈夫な男だから、ちりとりと箒を武器にヤツと対峙した。
まず俺はベランダに通じる大きな窓を開けてからヤツをちりとりの中へ誘導し、乗っかったそいつを素早くベランダの柵の外へ勢いよく放った。
朝に遭遇した蜘蛛は殺さないほうがいいとどこかで聞いたことがあるし、これで大丈夫なはずだ。
「よしっ、解決!」
ふと棗くんのいるほうを見ると、まだクローゼットの中でガタガタ震えている。
まぁ、益虫とはいえあれは…虫が苦手な人には恐怖でしかないよね。
俺はちりとりと箒を片付けてから、そっと棗くんに近づいた。
「…っ!!」
"棗くん、蜘蛛逃がしたよ!"
"えっ、本当?"
"うん、もういないもういない!"
棗くんはフゥ…と深いため息をついてから、ゆっくりと立ち上がった…が。
「おわっ!?」
長時間同じ姿勢で座っていたせいかバランスを崩した棗くんを、俺は咄嗟に腕の中に抱き留めた。
棗くんが後頭部を強打する前に助けることができたけど、その代わりに俺が右肩を強打した。
「…いっ…たぁ…!!」
"駆…!?"
心配そうに俺を見上げる棗くんに「大丈夫」と手話で伝えたけれど、守った代償が痛すぎた。
ほぼ身動きがとれないこんな狭い空間では、さすがに無理がある助け方だったかもしれない。
"うぅ…俺、かっこ悪いなぁ…"
"でも…駆は、僕が頭をぶつけてしまわないようにしてくれたんだよね?"
"うん…"
"ありがとう…駆。でもごめんね、また僕が迷惑かけちゃったね"
"迷惑だなんて思ってないよ!"
俺は棗くんと一緒にクローゼットから出た後、まだ申しわけなさそうにしている棗くんをぎゅーっと抱きしめた。
"俺は棗くんの味方だから、棗くんを守りたいって思うのは自然なこと。だから迷惑とか思ってないからね?"
"…うん…"
"…あ。棗くん、おなかすいてる?朝ごはん作ろうか?"
"うーんと…あ、ハムエッグが食べたいな"
"よしっ、任せろ〜!"
棗くんにとっての脅威はいなくなったことだし、これでしばらくは平和だろう。
俺は2人分のハムエッグを作りながら、上機嫌で鼻歌を歌った。
【お題:狭い部屋】
◾︎今回のおはなしに出てきた人◾︎
・水科 駆 (みずしな かける) 19歳 棗の幼馴染
・一色 棗 (いっしき なつめ) 21歳 10歳の時に突然耳が聞こえなくなった
お題は「失恋」だけど、うちではほぼハッピーなものしか取り扱ってないしな…
というわけで、第4回目の #本日の月園家 開催します
今回は恋多き男たちの「今まで経験した中でも最悪だったフラれ方」を聞いてみました( _ ́ω`)_
■今回のゲスト■
チーム恋多き男たち
・市ノ瀬瑠貴 (元カノ2人)
・姫川藤佳 (元彼8人、元カノ1人)
・澄浪篤月 (元彼3人、元カノ2人)
・世古諒 (元カノ4人)
・名渚恭士 (元彼4人、元カノ7人)
るき「…なんか…」
「「「???」」」
るき「このメンツ俺以外全員えっっぐ…俺の2人ってもうノーカンで良くないですか」
とうか「藤佳さん、そこのオニーサン (※恭士) よりはマシだよぉ!」
あつき「オレ比較的少ないと思ってたけど、この中だと多かった!!ww」
きょうじ「えっ、僕が一番多いんだね?なんか…もう僕にとっては黒歴史なんだけど(苦笑)」
りょう「…恋多きっていっても、瑠貴は俺と同じタイプだと思う。相手のアピールに押されるがまま受け身で付き合ってた…ってところが」
るき「え、まさかの仲間いたし。マジですか」
りょう「うん」
とうか「ってなわけでぇ!藤佳さんからいちばんサイアクだったフラれ方発表しちゃうね〜!」
あつき「おっ!」
るき「…藤佳サンは特にエグそうだな〜、いろんな意味で」
とうか「10年くらい前に付き合ってたカノジョがね?20股かけてんの隠して俺と付き合っててさ!?」
きょうじ「20股!?」
りょう「思ってた以上にえげつないですね」
とうか「それを問い詰めたら、俺を21人目の男にはできません〜って言われてフラれたってわけ!悲しいよりムカついた!」
るき「…え、やば…」
あつき「オレは2番目に付き合った男からフラレたときが最悪だったな〜!話がある〜って呼び出されかと思いきや他の男との浮気現場見せつけられて、もうお前に付き合ってらんない〜ってフラれた!」
とうか「俺が篤月クンの立場なら、その場で浮気相手もセットで脳天撃ち抜いて殺しちゃってるかも( ´∀`)♡」
るき「わ〜…サラッと怖いこと言ってるし」
あつき「藤佳さんこっわwwwww」
りょう「…俺は…2人に比べたら全然普通なんですけど、無口なのがだんだんつまらなくなってきたって言われてフラれたのが最悪なやつかなと」
るき「まさかのフラれ方までほぼ一緒とは」
りょう「…え、本当に?」
るき「マジです」
きょうじ「じゃあ、最後は僕か…」
「…」
「……」
あつき「名渚さぁん!もったいぶらずに教えてくださいっす〜!!」
きょうじ「これはいわゆる…若気の至りによる黒歴史のひとつ、なんだけどね?」
あつき「…ごくり…」
りょう「…はい」
とうか「なぁんか藤佳さんドキドキしてきた〜!」
きょうじ「僕史上最悪なフラれ方は、7年前に付き合ってた彼氏のデート先に今まで付き合ってきた元カノと遊び相手がぞろぞろと乗り込んできて」
あつき「…うん!?」
きょうじ「私とやり直して!!ってその全員から懇願されたもんだから、僕が昔めちゃくちゃ遊んでたことが彼氏にバレてね…」
るき「ワーォ…」
きょうじ「それでドン引きされて、フラれたんだよね。黒歴史だし自業自得だけど…あはは」
あつき「…や、やばい!爽やか系男子な名渚さんが虚無った!!」
りょう「…あの名渚さんが虚無るって相当だな」
とうか「あ、藤佳さん同じような状況で元彼同士が修羅場ったことならあるよぉ!」
るき「あるんかーい」
「……」
るき「そもそも失恋話ってそんな盛り上がるもんでもなくないですか」
あつき「名渚さん虚無ったままだしそろそろお開きにする??」
りょう「…それがいいと思う」
とうか「えぇ〜残念!もっとその話詳しく聞けると思ったのn」
あつき「藤佳さんストーーーーップ!!」
#柚原くんの一目惚れ (BL)
Side:Luki Ichinose
「ねぇねぇっ、市ノ瀬くんって好きな人いるの…!?」
「ん〜…今んとこはいないかな〜。うん」
「そうなんだ…!…じゃ、じゃあ…私とか、どう…?えへへ」
「…あ〜…そういう感じ?」
ぶっちゃけ、俺は人生でこのパターンの会話をあと何回繰り返さなきゃいけないわけ?と、正直思っている。
ここで適当に好きな人がいるとか答えてしまったら、噂に尾びれがつきまくって後々めんどくさいことになる。
逆にいないと言ったら、明らかに狙ってきた感じの子に流れで告られるか、告る子の代わりに聞きに来たパターンで俺が彼女いないとバラされるかのどちらか。
…どっちを選んでもめんどくさ…。
「よぉ市ノ瀬!一緒行こうぜ〜!」
「ゆーずーはーらーーーっ!!今いいとこだったのに邪魔しないでよっ!」
「わりぃわりぃ!俺どうしても今こいつに用あってさ〜!」
…あ。ちょうどいいタイミングで回避チャンスきたな。
柚原が「話を合わせろ」と言わんばかりに目で合図を送ってきたから、俺はそのまま乗っかることにした。
「…柚原ぁ、俺を待たせすぎ〜」
「も〜悪かったって!今日はたまたまちょっと寝坊したんだよ!」
「ってなわけでごめん。先約いたの忘れてたからまた後で〜」
「え、ちょ、市ノ瀬くん!?」
柚原と肩を組んでしばらく歩いた後、廊下の突き当たりまで来たあたりで突然柚原が吹き出した。
「っははは!よっしゃ、市ノ瀬救出作戦大成功!」
「…は?何〜?柚原、俺が告られてるとこずっと見てたわけ?」
「見てた!んでも何か、お前答えるのめんどくさそーにしてるなって思ったからこれは俺が助けてやんねーとって思って」
「へぇ?可愛いおチビちゃんのくせにやるじゃん」
「俺の身長は関係ねーだろぉ!!?あと可愛いを免罪符にすんなっ!!」
正直、あのタイミングで柚原が来なかったら詰んでいたかもしれない。
まさかこのちっこい救世主が即席の芝居をしてまで俺をわざわざ助けてくれるなんて、本当にこいつは…。
「…ん〜…まぁ、サンキュ」
「へっ?待て待て、市ノ瀬が俺にお礼言ったの初めてじゃね!?」
「え〜…そうだっけか」
「市ノ瀬にお礼言われた!よっしゃ!!」
「それってそんな喜ぶこと?」
「だって自分の好きなヤツの役に立てたんだぞ?嬉しいに決まってんじゃん!」
…そうだ。いつもマブダチと同じ感覚で接してくるから忘れかけてたけど、柚原も俺のこと好きなんだったわ。
俺の周りでちょこまか動き回る柚原を眺めているうちに、俺は改めてこいつの「好き」の本当の大きさを思い知らされる。
「柚原〜」
「ん?どした?」
「…付き合ってみる?俺たち」
「は!?へっ!!?…それ、マジで言ってる?」
「マジ」
基本的に他人に興味がない俺を好きになった柚原ってけっこう変わってるなと思うけど、そんな柚原を可愛がってる俺も俺だな。
だから俺はほんの少しだけ、自分の気持ちに正直になってみることにした。
柚原といる時の胸の奥のムズムズが未だに消えないのは、まだちょっとウザったいけど。
【お題:正直】
◾︎今回のおはなしに出てきた人◾︎
・柚原 愁 (ゆずはら しゅう) (受けみたいな)攻め 高1
・市ノ瀬 瑠貴 (いちのせ るき) (攻めみたいな)受け 高1
#猫好き画家の花村さん (NL)
Side:Saho Asakawa
今年は早くも梅雨入りしたと、今日の天気予報で知った。
雨の日が多くなると真っ先に思い浮かぶのは、晴れの日に必ず庭に出て可愛い野良猫ちゃんをモデルに絵を描いている画家のお兄さん…花村京さんのことだ。
「そういえばこの間の雨の日に見かけたときは、どこかつまらなそうにしてたなぁ…」
…そもそも、花村さんって絵を描く以外で好きなことってあるのかな?
絵を描いているところしか見たことがないような?
そして私はどうしてこんな時まで花村さんのことばかり考えているの??
「…ねぇフランシス、レイチェル…これって恋なのかなぁ?」
毎日のように愛でているドールのフランシスとレイチェルに話を聞いてもらったところで、私のこの悩みが消えるわけもなく…。
あいにくの雨の日だけど、私は気分転換のために散歩に出かけることにした。
これで少しでもこのモヤモヤとした気分が晴れると信じて。
「行ってきます…」
お気に入りの空色の傘をさして家を出ると、パラパラパラと傘に当たる心地よい雨音が私を包み込んだ。
どこに行くかは特に決めていない。ただ気ままに歩き回るだけ。
花村さんのことは一旦忘れて…
「…あ、浅川さん?」
「!?」
…って、え〜っ!?このタイミングで本人登場ですか!?
突然話しかけられたことにびっくりしすぎて固まっていると、黒い傘をさした花村さんが私の視界の端からひょこっと顔をのぞかせた。
「あ…驚かせてごめんね。これから買い物に行こうかなと思って家を出たら、浅川さんが家から出てきたのが見えたから…」
「い、いえっ!私もまさか花村さんもこれからお出かけするところだったとは思わなかったので…」
「…浅川さん、もしかして今…あんまり元気ない?」
「…へっ…?そんなそんな!元気ですよ、私!」
…いけない。悩みに悩みまくっているせいか、花村さんに私の心を見透かされている気がしてドキッとしてしまった。
でも…これで元気がないと正直に言ってしまったら、構ってちゃんだと思われてしまうかもしれない。
私は慌てて傘で自分の顔が見えないようにして、いつもの明るく元気な自分を演じようとした。
「ただのお隣さんな私が言うのも何だけど…今の浅川さんは普段に比べて声に元気がないように感じてならないんだ」
「そんなわけないじゃないですか!へへ…たまたまですっ」
「じゃあ…浅川さんさえ良ければだけど、私の買い物に付き合ってくれないかい?もしかしたら、これが浅川さんの気分転換になるかもしれないし」
「ほあっ!!?」
花村さんのお買い物に…私が…!?
むしろ私でいいんですか…!?
花村さんってば、こんな日も眼鏡の奥の目が優しい…。
今日だけで花村さんへの好きメーターが、一気に1000メモリくらい上昇した気がした。
「も、もちろんです…!一緒に行きたいです!」
「え、ほんとに?良かった…じゃあ、近くのスーパーまで行こうかな」
こんなラッキーなことがあるなら、雨の日が大半を占める梅雨も悪くないかも。
私はいつの間にかあんなに悩んでいたことなんて忘れて、花村さんと並んで歩きながらのお散歩を楽しんだ。
【お題:梅雨】
◾︎今回のおはなしに出てきた人◾︎
・花村 京 (はなむら きょう) 29歳 画家
・浅川 沙帆 (あさかわ さほ) 24歳 ドール服デザイナー
#人魚の歌姫 (NL)
Side:Rosa Cayford
湖に住む不思議な人魚のセスと出会ってから、約2年と半年の月日が流れた。
ほぼ毎日彼に会いに行っているというのに、未だに私は彼の声を聞けたためしがない。
「…彼の声はこれからもずっと聞けないのかしら…」
というのも、セスはとても恥ずかしがり屋な性格なようで、私が直接「声を聞かせてほしい」とお願いすると湖の底へ隠れてしまう。
もしかして私…そんなに彼に信用されていない…?
「あら?物憂げな顔をしているわね、ローザ」
「…お母様…」
「ふふ…言わなくても分かるわ、彼のことを考えているんでしょう?」
「…ええ、実は…彼のことで少し悩んでいるの」
「何だ何だ、ローザ。恋の悩みか?」
「もうっ、あなたったら…。乙女の秘密をそう簡単に覗き見しようとしてはダメよ?」
「ん?何故私はダメなんだ?」
「お、お父様、お母様…そんなに大した悩みじゃないの、ただ…私…」
お父様とお母様がクスクス笑いながら興味津々で私の悩みを聞き出そうとしてきたので、私は慌てて2人を止めようとした。
…その時、私の悩みを一気に吹き飛ばす出来事が起きた。
「…!」
「あらまぁ、なんて美しい歌声なの…」
「…ふふ。噂の彼のお出ましじゃないか?ローザ」
それはこの夜の静寂の中を吹き抜ける風のような、湖面に立つ小さな波のような、不思議な歌声だった。
私はその歌声に誘われるようにして歩きだして、裏庭から湖に面している広いウッドデッキへ出た。
「…!!」
ウッドデッキから周りを見回すと、湖の真ん中に浮かぶ小さな島に腰掛けているセスの姿が見えた。
やっと…やっと彼の声を聞けた。
もう二度と聞くことができないと思っていた、純情無垢な彼の美しい歌声を。
残念ながら彼が歌っている歌の意味は分からないけれど、人間に言語があるのと同じように人魚にも人魚にしか通じない言語が存在するのかもしれない。
「…あの歌にはどんな意味があるのかしら…?」
ところがセスの秘密のリサイタルは、そう長くは続かなかった。
彼の歌声を夢中になって聴いているうちに私は何故かふわふわとした感覚に包まれ、まるで強い磁石で彼に引き寄せられているかのようにウッドデッキの柵を越え…。
気づいたときには、私はネグリジェ姿のまま湖に落下していた。
「…え?今、何が起こったの…?」
私はウッドデッキを支えている太い支柱に掴まって、暫くの間呆然とした。
そしてそんな私に気づいたセスが「何してるの?」とでも言いたげな顔をしながらゆっくりと泳いで近づいてきた。
「セス…あなたの歌を聴いていたら、いつの間にかウッドデッキから落ちていたの…何故かしら?」
「…!」
…あっ。
セスの顔が少しだけ、ほんの少しだけ赤くなった気がする。
「…っ!……〜っ!!」
「わぁっ!せ、セス落ち着いて…!そんなに暴れたら私が溺れちゃうわ…!!」
声にならない悲鳴のような声をあげながらパニック状態になったセスを、私は必死に落ち着かせようとした。
しかし暴れた彼が勢いよく湖の底へ潜ったことで、私も強い力で水底へ引きずり込まれた。
「んむ…!ん〜〜…っ!!」
水面を照らす月光がだんだん遠ざかる。
呼吸が少しずつ苦しくなり、全身から力が抜けていくのを感じる。
「…っ!…!」
「…ん…?」
意識の糸がそろそろ切れそうだと思った時、力なく沈んでいく私の体をセスが抱き留めたのはかろうじて理解できた。
それから彼はものすごいスピードで私を水面まで運んでくれて、私は激しく咳き込みながら飲んでしまった水を吐き出した。
「けほっ!けほっ、けほっ…あ、ありがとう…セス…」
「…」
セスは首を横に振って、まだ力の入らない私の体を静かに抱きしめた。
ぼんやりと彼の顔を見上げると、彼の呼吸はかなり浅くなっていて、心配そうな表情をしていた。
「ごめんなさい…私、あなたの歌を…盗み聞きしたかったわけじゃなくて…」
「…」
「でも、そのせいであなたはパニックになっちゃったんだよね…?本当にごめんなさい…」
「…ちがう」
「…え…?」
…セス…今、喋った…?
私が驚いて目を見開くと、セスは落ち着いた声で途切れ途切れに話し始めた。
「…あの歌は、ローザ…きみに向けて、歌ってた。今なら、歌える…気がして」
「…私に…?」
「でも…きみに、ほんとに聞かれてるとは、思わなくて…ぼく、また…恥ずかしくなって…」
「…!」
いつもはウッドデッキの上から会話しているセスとこんなに近くで、しかも一緒に泳ぎながら話せる日がくるなんて。
ネグリジェはビショビショになってしまったけど、まだ…彼と一緒にこうしていたいな。
「…ローザ…?」
「ねぇ…セス、さっきあなたが歌っていた歌がどんな意味の歌なのか、教えてくれない?」
「…」
「セス…?」
何となくセスにさっきの歌を聞いてみたら、彼はまた顔を赤らめて私から視線をそらした。
私に向けて歌っていた歌で、さらにこの反応…まさか…ラブソング…?
恥ずかしがり屋で純情無垢な彼が私にあんなにしっとりとラブソングを歌っていたのだと考えただけで、ぼんっ、と私の顔も一気に熱くなった。
【お題:無垢】
◾︎今回のおはなしに出てきた人◾︎
・ローザ・ケイフォード (Rosa Cayford) 20歳 大富豪の末娘
・セス (Seth) 湖に住む謎の人魚