title:ようこそXXXXXへ
theme:どうすればいいの?
少女は迷っていた。
「こっち。真っ直ぐ歩いて!」
「違うわ、左よ」
「何を言っている。右に決まってるだろう」
「いいえ。そこの階段を使って上がるの」
「みんな間違ってるよ! あっちの梯子を降りて下に行くんだ!」
ざわざわとたくさんの声が聞こえる。男のひとと、女のひとと、子供の声まで。
いったい何人いるんだろう。しかし目を凝らしても、それらしき姿は一向に見えない。
──いや、そもそも。
「ここは何処……? どうして辺り一帯真っ暗なの?」
自然と口からこぼれた疑問。
自分がこの場所に立つ前のことをどうしてだか思い出せなかった。それが何より薄気味悪さを駆立てて、少女は身震いする。
「私がどうやってここに来たか、誰か知っていますか?」
姦しかった声声は一斉に沈黙した。
「お願いします、帰りたいんです。教えてくれませんか?」
「それならなおさら進む方向を決めなきゃ!」
「えっ」
子供の声が明朗と答えた。
「貴女が行くべき方向に歩みを進めなければ、話は始まらないのよ」
女は諭すように返答する。
「私達はあらゆる可能性の方角を勧めているに過ぎないんだ。正解は教えられない。君自身が道行きを選ぶことに意味があるのだから」
男は選択を迫ってきた。
「そんな……」
どこに何があるか、誰がいるのかもわからないのに、進む場所を決めろなんて無理があり過ぎる。
でもこのまま此処でまごついても意味は無いのだ──と彼らに急き立てられて、少女は遅まきに悟った。声たちは最適解を教えてくれない。この場に留まり続ける選択もできないのだろう。
(適当でも良いから歩かなきゃいけない)
「それなら…………私は、進行方向へ真っ直ぐ進みます」
どっちに向かったとしても、どうせ大して差はない筈だ。真っ直ぐ進んで行き止まりに当たるなら、別の方向に足を向ければ良いだけだ。
今までだって道に迷ったときはそうしてきたのだから。これまで通りにすれば良いだけの話だった。
(なんだ、簡単なことじゃない。変に緊張して損した……)
「あの、じゃあ私はこれで失礼します……さようなら」
声だけの怪しい存在が相手でも、無言で去るのは常識的にどうなのか。もしまた迷ったら頼ることになるかもしれない。そんな下心も含めた挨拶を残して、少女は一歩を踏み出す。
一歩──わずか数十センチほどの距離を。
かつん、と。硬質な感触のする床に足を着けたときだった。背後から子供の燥ぐ声がいっそう響きわたる。
「ようこそ! 死後の世界へ!」
title:宝匣
theme:宝物
匣《はこ》がある。
大切な記憶だけを詰め、いつまでも覚えていられる。いつでも好きなときに思い出せる。記憶は取り出せて、取捨選択し、厳選をしていく。
最期まで残り続けた匣の中身は、はたしてどんな想い出たちになるだろうか。
※
前回テーマ「たくさんの想い出」を提出できなかった為サルベージ
title:私の冬
theme:冬になったら
──冬への憧れとは何だろう。
空気が澄んでいて、星も夜景も、灯がより鮮明に見えるだとか。夜長の一日を好きなように過ごせるだとか。ひとつ息をすれば、色のついたそれが白煙となって宙を舞う様だとか。雪景色がうつくしいだとか。生物の生命活動を止めさせる、絶対的であり不可侵の静謐だとか。
それが私の冬への憧れである。
けれども冬になった途端そんなことを考えなくなる。
寒さに耐えつつ、日々無味乾燥として生きていくのみだ。
今年も冬が来れば、私の冬は、また私自身の日常に飲み込まれる。そうして次の年の春になり、ようやく私生活から吐き出される。私の冬は、ぐちゃぐちゃのべちょべちょに変わり果てた姿で、かすかに息を吹き返すのだ。