藍田なつめ

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1/6/2026, 4:48:26 PM

「帰りたくない」
「じゃあうち来る?」
 月の下、泣いてるガキにそうやって声をかけたとき、俺は大したことを考えていなかった。まあ、久々に吸血鬼らしくするかと思ったくらい。子供を攫うとか、血を吸うとか。ベタで誰でもやっているらしいそういうことが、初めてやるのは難しいんだって知らなかった。結局カリカリに痩せたガキに物を食わせて寝かせて起こして、それを何日かやって、そしたらそいつはふいにいなくなった。
 まあそう、さよならーと思っていたら、数日後に家でなったとかいう柿を持ってそいつは帰ってきた。それからも、芋とか、茶梅、椿、梅。梅の実がなったら梅酒や梅干し。他にも蔵で眠っていたとかいう古臭い本なんかを山のように。ヤツが俺を家族にどう紹介していたのか、ヤツの家族が俺をどう認識していたのか、謎だ。
 小学校。中学校。高等学校。ヤツは成長して、少しずつ来る頻度が空いて、やがてこなくなった。ああそう、さよならーと思って、……。
「ごめん、ユキ、たすけて」
「……お前ってさあ」
「帰りたくない」
 ヤツは、いつの間にかガキから人間になっていて、そう、でかい腹を抱えてウチに来た。なあお前、俺が吸血鬼ってわかってる? 人間食っちゃうんだぞ、最悪の場合。──そう脅したら、でも私は食べなかったでしょとそいつは笑った。
「ユキ」
 急に冷たい風が吹いて目が覚めた。懐かしい夢だった。跳ね起きた俺をみて、シンヤは夢の中のそいつによく似た顔で笑う。ああそう、コイツも気づいたらガキから人間になってきた。
「吸血鬼だからって寝すぎじゃない? もっとなんかないわけ」
「……なんかってなに」
「世に貢献するようななにか……株とか?」
「かぶ? なに、かぶってまだあったっけ。今は大根の方が売ってんじゃないの」
「……まあ似たようなもんじゃん」
 呆れたような顔。似てきた、あいつに。違うのは、こいつは、一度も俺にさよならをしたことがないってこと。する予定もおそらくないってこと。
「買い物行くけど、ユキ欲しいもんある? てかまだ金ある?」
「あるんじゃない? なかったら電話するから言って」
 手を伸ばしてその頭を撫でる。ああ、あいつの髪はもっとまっすぐだった。こいつの頭は前は俺より低い位置にあった。こんなふうに、鬱陶しそうに手を払われることもなかったのに、可愛くないったら。
「やーめて。おれもう十七なんですよ」
「十七はまだガキだよ」
「でもお母さんがおれを産んだのってこれくらいじゃないの」
「……忘れた」
「忘れんなよー」
 おれお母さんのこと覚えてないのに、ととんがらせた唇を摘んで引っ張ってやる。
 うるさいよ、生意気だな、忘れるわけないだろ、最後までずっと一緒にいたんだから。

1/5/2026, 2:49:26 PM

 すこん、と抜けるような青空に眩暈がした。
 例年並みとされる気温は寝起きの肌を凍らせんばかりなのに、目に映る色の鮮やかさがやけにアンバランスだ。頭の上で輝く太陽が、眼下の道路脇に並ぶ常緑樹の葉を鮮やかに見せる。なんでこんなに晴れているのに寒いのか、少しばかり腹が立つ。
 そういえば昔、冬は曇りの方が暖かいのだと聞いた気がする。正しくいえば、昼が晴れで夜が曇りだと、昼間温められた空気が夜間宇宙に出ていかず、翌日も暖かいのだった。
「だからなんなんだ」
 部屋の中からユキが声をかけてきた。彼は全身に毛布を巻き付けて、不機嫌そうに「寒いから早く閉めろ」と言う。なんて不健康なやつ。空気を入れ替えないとそのまま腐っちゃうよ、と反抗しようとし瞬間、強く風が吹きこんだ。布団の中からユキが悲鳴を上げる。ぎゃああ。
「閉めろ! バカ!」
「換気だよ。冬でもたまに窓を開けないと」
「冬でもってなんだ、寒気は冬が本番だろ。なんでもいいから閉めろ」
「そのカンキじゃないし。そもそもユキは布団に守られてるじゃん」
「いいから!」
 あまりにうるさいから、仕方なく俺は生ゴミをベランダのゴミ箱に捨てて室内に戻った。カラカラ、パタンというこの音を、おれは好きだと思っている。でもジャッというカーテンを引くこの音はそうでもない。耳触りが良くない。個人の感想です。
 遮光カーテンが日光を遮ったのを察知して、ユキが布団から出てくる。白い肌、赤い目。鋭い牙。
「ああ、死ぬかと思った」
「わざわざリビング出てこないで、寝てればいいのに」
「いんだよ、目が覚めたんだから」
 さ、餅。餅。尊大な態度で強請ってくる我儘吸血鬼にため息をついてやる。まあべつに、外の様子が見えない冬の日も、こいつがいればいいのだった。結局。