「帰りたくない」
「じゃあうち来る?」
月の下、泣いてるガキにそうやって声をかけたとき、俺は大したことを考えていなかった。まあ、久々に吸血鬼らしくするかと思ったくらい。子供を攫うとか、血を吸うとか。ベタで誰でもやっているらしいそういうことが、初めてやるのは難しいんだって知らなかった。結局カリカリに痩せたガキに物を食わせて寝かせて起こして、それを何日かやって、そしたらそいつはふいにいなくなった。
まあそう、さよならーと思っていたら、数日後に家でなったとかいう柿を持ってそいつは帰ってきた。それからも、芋とか、茶梅、椿、梅。梅の実がなったら梅酒や梅干し。他にも蔵で眠っていたとかいう古臭い本なんかを山のように。ヤツが俺を家族にどう紹介していたのか、ヤツの家族が俺をどう認識していたのか、謎だ。
小学校。中学校。高等学校。ヤツは成長して、少しずつ来る頻度が空いて、やがてこなくなった。ああそう、さよならーと思って、……。
「ごめん、ユキ、たすけて」
「……お前ってさあ」
「帰りたくない」
ヤツは、いつの間にかガキから人間になっていて、そう、でかい腹を抱えてウチに来た。なあお前、俺が吸血鬼ってわかってる? 人間食っちゃうんだぞ、最悪の場合。──そう脅したら、でも私は食べなかったでしょとそいつは笑った。
「ユキ」
急に冷たい風が吹いて目が覚めた。懐かしい夢だった。跳ね起きた俺をみて、シンヤは夢の中のそいつによく似た顔で笑う。ああそう、コイツも気づいたらガキから人間になってきた。
「吸血鬼だからって寝すぎじゃない? もっとなんかないわけ」
「……なんかってなに」
「世に貢献するようななにか……株とか?」
「かぶ? なに、かぶってまだあったっけ。今は大根の方が売ってんじゃないの」
「……まあ似たようなもんじゃん」
呆れたような顔。似てきた、あいつに。違うのは、こいつは、一度も俺にさよならをしたことがないってこと。する予定もおそらくないってこと。
「買い物行くけど、ユキ欲しいもんある? てかまだ金ある?」
「あるんじゃない? なかったら電話するから言って」
手を伸ばしてその頭を撫でる。ああ、あいつの髪はもっとまっすぐだった。こいつの頭は前は俺より低い位置にあった。こんなふうに、鬱陶しそうに手を払われることもなかったのに、可愛くないったら。
「やーめて。おれもう十七なんですよ」
「十七はまだガキだよ」
「でもお母さんがおれを産んだのってこれくらいじゃないの」
「……忘れた」
「忘れんなよー」
おれお母さんのこと覚えてないのに、ととんがらせた唇を摘んで引っ張ってやる。
うるさいよ、生意気だな、忘れるわけないだろ、最後までずっと一緒にいたんだから。
1/6/2026, 4:48:26 PM