ショア

Open App
6/27/2025, 4:29:43 PM

まだ見ぬ世界へ

 消毒液の匂いと、冷ややかな色の蛍光灯が研究院の廊下に広がっていた。白い壁、白い天井、白い床。清潔感を思わせるような、白で統一された構造。空調は正常に作動し、最適な室温を保っている。
一切の不快感がないように整備されているにも関わらず、どこか居心地が悪いように感じてしまうのはなぜだろうか。
窓のない箱のような部屋の中で何度も、飽きるほどに思い描く。外へ、出られたら。
この研究院の中しか知らない。他を知る必要もない。それは余計なノイズとなり、動作処理に影響を及ぼす可能性を帯びてしまう。
頭では、そう理解しているのに。

ああ、そこの扉を開けて。走り出して。肺の中に許容量を超えるほどの外を吸いこんで。

ときどき通風口の向こうからかすかに聴こえる「雨」の音。
雨、とは何だろう。外の向こうにあるのだろうか。無数のものがぶつかるような音をしていた。どんな姿をしているのだろう。

しかし、それらは叶わぬ夢。ここで利用され、早々に廃棄される運命。

それでも、想いを馳せている時だけは、外を見ることを許して。
それだけが、自由だった。

6/27/2025, 4:43:18 AM

最後の声

 遠く、声が聴こえたような気がした。
どうせ気のせいだろうと、帰還ポッドの中でふたたび微睡みに身を委ねる。心の奥で諦めていた。
 怖かった。期待して、本当に気のせいだった時が。何も考えず、全て諦めて、何も聴こえないふりをする方が楽だった。

 それが、たとえあの人の思う通りだったとしても。
 もう、抗う体力も残っていない。

 真っ白な空間の中で眠り続ける。思考を奪うためのそれらの操作は正しく機能し、たしかに、何かがひび割れる音が響いた。

 自己核機能停止。
 無機質な記録だけがそこに残った。
 

6/26/2025, 6:55:32 AM

花の咲く庭を眺めていた。
小川の流れる音。鳥の囀り。
ありふれているような穏やかな一瞬。
小鳥が一羽、こちらへ近づいてきた。ぴょんぴょんと跳ねながら、小首をかしげる。
見つめて、手を伸ばしかけるが、小鳥はこちらから視線を外し、どこかへ飛び去ってしまった。

 目を閉じる。
これは全て記録映像でしかない。
そこに花はないし、鳥もいない。全ては虚像であり、本当は空白でしかない。
 やっとの思いで手に入れた記憶。記憶調整によって余計なノイズを持たないように不要な記憶は削除されてしまう。
……思考を持たぬように。感情を持たぬように。
今頃自分は何をしているだろう。この沈んだ自己核の中でふと、そう考える。
いつか戻れるのだろうか。それとも、戻らないほうが良いのだろうか。
 突然に、重度の眠気に襲われる。再調整が行われたのだろう。この記録も気づかれてしまっただろうか。次に意識を取り戻せた時に、残っているといいな、とかすかに思った。

 そうして、無へ帰す。