ころりん、ころりんと
蜩に交じった誰かが手招く
風鈴の音だ
軽く見回すだけでは姿も現さないが、きっと熱に耐えかねた居住者の声でも代弁しているのだろう
彼らの聲は不得手だ
確かに安らぎを与えてはくれよう
実際、この国に生まれた人らの約半数ほどに、その音色を耳に入れると体感温度の低下が見込めたと聞いたことがある
なんでも脳が、風が吹いたと聴き紛うそう
だけれどしかし、どうしても恐ろしいのだ
なんとはなしに、漠然と
その音に、背の底の真相を、突かれるように思えているから
これでいいのかと滔々と、糾問されているようで
君のその鋭利で浅い叫声が、どうしても
あぁまたほら弾けそうな程に劈いている
どうせ幾千とその波の世界に連れ立っていくんだろ
そして指差し続けるんだろう、あの日君を見た日の普通を
構わないよ、構わないから構わないでくれ
君を見つけていると痛いんだだから
本当、全くもって本当に
今日が生憎の曇天で、よかった
もしも、その言葉を慢性的に繰り返す
もしも、ああだったら、こうだったら
もしも、水が水のままで燃え続けたなら
もしも、大気汚染で世界が青く染まったなら
もしも、世の中と反りを合わせることが出来たなら
もしも、自身に才能が認められたなら
もしも、何も恐れずに済んでたなら
もしも、
生まれて来て、なかったんなら
そんな風にずっと心だけ、逃避行している
そうやって奥底で喚く需要を飲み下す
けれど時たま、この行為がほんの少しだけ、虚しく思えてしまったのは、
多分
いや、やめにしよう
面倒で無益なことは考えん主義だ
次、次はこれにしよう
もしも、居場所の意味を知れるなら
人は誰しも、冒険をしてる
この広大な情報の海とも言える世の中から、自分の人生の輪郭や構造を探る
そんな大冒険を
そして僕もまた、今日も冒険をしてる
思考に潜る
溺れそうになる程に様々な感情や知見、そして課題や陰が溢れ出す
それらを纏めて、並べて、考えて考えて疑って疑って
そうしてやっと安息の地へと帰れる
自分はきちんと生きているんじゃないかと、多少は信用出来る気がしたから
人は、自身の存在を他者と同じように感じることは出来ない
何故なら、辺りを舐めるように見回すこの目は、結局は自分という箱に囚われているのだから
だからこそ、外から自身を観測することが出来ぬのだ
ならば、本当に僕は、生きていると解るのだろうか?
所詮、生というものも他者から与えられた情報に過ぎない
地に足つけて立っているかどうかすら、この目では理解することが出来ない
そもそも、他者というのがどういったものなのかすら
未だはっきりしていない
けれど、それでも、生きてみたい
特に理由なぞは無いのだろう、強いて言うなら憧れだ
ちゃんと生きて、ちゃんと笑える
それがなんとなく羨ましかったから
からこそ、また
冒険をしてる
届かない、到底
どう藻掻いていても
君達人間の、足元にも
圧倒的に同種として劣っている
埋められない欠陥がある
呼吸すらも溺れているみたいな
そんな不快感と焦燥が漫然と拍動に絡まって笑えない
そもそも住む常識から違うそうだ、そうだろ?
一般的な日常会話の節々から聞こえてくるんだ
なんの意図も無ければ感知すらもされることはしない、無垢で潔白な自分しか知らない境界線が
明言されてもないのに錯覚するんだ、あぁ、
場違いだ、と
なぁ
どうしてそんなに適応できる?
どうしたら上手く演れる?
コツを教えてくれよ、やれるだけやるから
なぁ
助けてくれよ、どうにか、何だって構わないから
結構そこそこ疲れたよ
せめて誰か生み直してくれないか?
あまりにもここは、ズレてい過ぎる
なぁ
何でだ?何故だ?
どうしてこんなことになった?
凡庸だろ?何の変哲も無いだろう
なのに何故、異端かのような目を下される?
なぁ、なぁ、なぁ、
なぁ、この声は届いて…..、
いないか
その日は暑かった
それもそうだ、この炎天下
水も財布も何一つだって持たず飛び出してきたのだから
理由は、取り立てては特にない
強いて言うならなんだかそうしたかったからだ
疲れたんだろ、色々と
街を当て所もなく歩く
知人の家の前を過って、公園の蛇口で水飲んで、畑に植わる作物を眺めて、行ったことない場所ほっつき回って
いつも傍にある筈の全ての、知らない見方を知った
涙も底に背負った侘しさも、乾いていた
一つ、二つ、そして三つと橋を渡ったその時
沈み往く夕日を見た
視界が開けた気がした
川に反射していた、零れ落ちた今日の終わりが
白昼に始めた逃避行が
眩しく終わるのが辛かった
そんなあの日の景色の話