空はどんよりとした雲。
湿度も高く誰もが気分を落ち込ませるこの日。
週の半ばで疲れが一層重く感じる今日。
そんな中、どうすれば気分が高くなるのか、それを僕は探求してきた。
見つけ出した答えは単純。〝1人になる〟
静かに外を見て、音を聞く。
自然のサウンドと自然の恵みを五感で感じる。
嗚呼、暗いからこそより一層緑が映える。
嗚呼、雨の匂いが鼻を突き抜ける。
嗚呼、吸い込む息が冷たい。
嗚呼、雨の音が心地いい。
あ、手に雨が落ちてきた。やわらかい。
八百万に悪はない。悪になるのは思考の中だけ。
だからこそ、だからこそ。
全てを受け入れてみるのだ。
そうすれば…ほら。
僕の周りには暖かい風が吹く。
飴が降り注ぐような日。
キラキラと、見た目よりも味のしないそれが空から降り注ぐ日。
それが今日。
紫陽花の上に光るそれは、今もなお光を吸い込む。
いつだっけ、それが模様のないおはじきに見えたのは。
手にとってみたくって、
触ると手に吸い込み形を崩したそれ。
何故か嬉しかった。
手に取れない美しさに。
見て楽しむ美しさに。
儚い美しさに。
だから、好きになった。この日を。
雨の日、雷の日、暴雨の日、全て。
快晴も悪くない。
でも、この雨の匂いに包まれ、儚き雫にうっとりするこの日は、私の宝だ。
綺麗になりたい。
好きなことをして生きていきたい。
幸せでありたい。
きっとこれは一度は思うだろう。だが、毎日こうに過ごせるのは、ほんの一部だ。
いつまでこんな日々が続くのだろう。
苦しい。もう嫌だ。
極楽浄土は死より手に入れるものなのか。
毎日何かしらに怯え、何かしらに怒り、何かしらに苦しむ。我慢我慢の日々。そんな日々に反吐が出そうになる。
生に苦しみ、死に臆する。綱渡りでもなく、崖渡りでもなく、どこにいるのかわからない。生きているのか死んでいるのかもわからない。
嗚呼、いっそのこと闇に葬ってしまおうか。未知の世界へ、未知の現実へ、飛び立ってしまおうか。そう思ってから早10年。世界は何にも感じずに廻っている。
花は咲、鳥は舞、風は吹、月は満。
花は枯、鳥は落、風は荒、月は欠。
この世は雪月花。否、私はそうではない。
霏霏の中溶け込む紫陽花、秋風を纏う曼珠沙華。
麗と芽吹く桜、彩なき中赤赤と身をもたす柊。
私は、何に例えれば良いのだろう。
いや、違う。例えられないのだ。
無慈悲にも世界は私という魂を置いて、廻っていく。何度嘆こうが何度悔いようが変わらない真理。助けなど、繰り返しなど、ない。
自分で何とかしなければ。自分で立たねば。
生や夢は、私たちの助けを遠くから汲み取ってくれない。
諦めずに掴めば、その後は助けてくれるかもしれない。
今は、多くとも後70年は、
この届かぬ思いを必死で追いかけるしかないのだ。