できることなら、親友とずっと一緒にいたい。学校の登下校も、休み時間も、放課後も。
山に囲まれた田舎町でやれることは、ほとんどなかった。だから、休みの日は必ずバス停で待ち合わせた。
大都会へ行ってみたかったのだ。代わり映えのない日常に、色を差したかった。
日に二本しか来ないバスは、二時間前に発車した。それでも走ってきたから、息は切れ切れだ。そんな僕を見て、親友は笑う。
「またバスに乗れなかったな」
誘うのも僕だが、遅刻するのも僕。
親友は大都会へ行く気などない。それでも待ち合わせに来るのは、僕が寝坊することに賭けているから。
バス停から踵を返し、その足で駄菓子屋に向かう。賭けに負けた僕は、親友の好きなアイスを奢らなくてはならない。
プラスチックの容器に二つ入った、大福のような食感のバニラアイス。今日はそれを分け合った。
親友が欲しがるアイスは、分け合えるものばかり。棒アイスなどの一人用を、一度もねだられたことがない。
最後の一口を飲み込んで、親友は僕を見つめる。
「あのさ」
嫌な予感がして、目を反らした。聞きたくないという、意思表示のつもりだった。
「二人で食べるアイスは、今日で最後にしよう」
なんで。
たった三文字が、言えない。
僕の寝坊は、途中から『故意』に変わった。親友と二人で過ごす時間が、大都会へ行くことより大切になってしまったから。
僕の中に育まれた特別な感情が、日に日に大きくなる。恐らく、親友もそれに薄々気づいているはずだ。隠しきれるものじゃなくなってきている。
ドクンドクンと高鳴る胸を押さえた。
この心のざわめきまで知られたら、最後になるのが『二人で食べるアイス』だけではなくなってしまうかもしれない。
お願いだから落ち着いて、僕の心。
ここ数日、夢に必ず現れる女性いる。
風に吹かれる度に、その艶やかな黒髪がなびく。鍔の広いストローハットと白のワンピースが、より黒を映えさせた。
夢の中で彼女と会う場所は、決まって海だ。
見覚えのある景色だけど、詳しい場所がわからない。近場の海から手当たり次第に探した。
会えるはずがないのに、諦めたくなかった。そこまで執着する理由は、夢で言われた一言。
「私を探して。あなたの幸福のために」
今日も僕は海に行く。君を探して、言葉の真意を知るために。
彼が絵を描く姿を、横で見るのが好き。
絵筆は踊るように舞い、自由にステップを踏んでいく。ひとつずつ色がついていく様は、まるで帆布に足跡を残すみたい。
帆布が色づいて鮮やかになる度、筆洗バケツの水にもたくさんの色が広がった。
最初は透明だったけど、今はもう真っ黒だ。
描かれた絵に黒は使われていないのに、不思議。どうしてそうなるか、聞けば答えてくれると思う。でも、私は聞かないことにした。彼が自分の世界を色に乗せるとき、とても楽しそうに笑うから。その透徹した表情は、紛れもなく透明だと思う。
「じゃあ、また明日」
空が茜色に染まる頃、通学路の分かれ道で親友に言った。
「うん。またね」
親友は屈託のない笑顔を浮かべている。夕日が照らすせいか、いつもよりも眩しい。
咄嗟に反らした視線の先には、長く延びる黒い影。己の内なる心を映すような、欲に塗りつぶされた色だと思った。
親友に向く特別な感情を、今日も伝えられなかった。言ってしまったら、二人の関係が終わってしまうようで。
僕たちは友達同士のまま、今日を終えた。
鳥がさえずる朝、空には爽快な青が広がっている。
「おはよう」
いつもの通学路で、親友に声をかけた。こうしてまた、友達同士の一日が始まる。
夜道を歩いていると、君が空を指差した。
ねぇ、あれを見て。と言うが、空には無数の星が輝いていて、どれを見るべきか悩んだ。とりあえず適当な相槌として「うん」と返す。
綺麗だよね、と笑う君を見ながら、また「うん」と返す。僕の視線にも気づかず、無邪気に笑う横顔。
僕にとっては、君が一番綺麗に輝く一等星。