よく晴れた夏の日の真夜中。
頭上に夏の大三角を見ながら田んぼのあぜ道を自転車で走る。
息を切らし、汗を少しかいて親友の家の前に着く。
そして、彼に電話をかけた。
「あー、もしもし?これからさー、日の出見に行こうぜ!海まで!」
「......は?海まで?こっから、自転車で3時間はあるぞ......」
気だるさと呆れた声が聞こえてくる。
「だからー、今から行くんだよ!夏休み最後の日曜日なんだからさ!」
「はぁ......わかった。準備するから待ってろ。それと家の前で騒ぐなよ、真夜中なんだから......」
そう言って電話を切られた。
待つこと5分。
くたびれたTシャツと学校指定の体操服のズボン履いて彼は来た。
「待たせて悪かった......」
そう言って少しぬるい麦茶を私に差し出した。
「大丈夫、お陰で少し休めた!あと、麦茶ありがとう!それじゃ、出発!!」
2人で並走し海へと向かう。
夏の夜は少しぬるかった。
午前3時00分を告げる時計の時報。
用水路を流れる水の音。
たまに横切る車の走行音。
スマホに表示される目的地までの時間。
徐々に明るくなりつつある星空。
そのどれもが私の心を踊らせる
潮風の匂いと波の音が遠くの方から届く。
あと少しで海につく......
逸る気持ちを沈めるために、更に速度を上げて走る。
海辺のなんでもないところに自転車を止めて
上がった息を整えていると
遅れた彼が
「 ......はぁ、はぁぁあ。お前、振り回される側の気持ち考えたことある?」
と汗を流し息を切らし私にそう言った。
「うーん、嫌なら君は着いてきてないでしょ?あ、ほら見て!日が昇ってきた」
2人で見た日の出は、何よりも綺麗だった。
真っ赤な太陽が紫紺の夜空を黄色く染めていく。
あっという間に黄色く染められた空は、太陽が高くなると共に海と同じ蒼になっていく。
「俺、喉乾いたからジュース買ってくる......何がいい?」
自販機に目を向けて彼は言った
「じゃあ、サイダーがいい!キンキンに冷えたヤツ!」
「分かった、ちょっとまって......」
そう言って彼は小走りでサイダーを買ってきた。
キンキンに冷えたサイダーが乾いた喉を刺激し潤す。
疲れた身体に染み渡る甘さ。シュワシュワと弾ける炭酸の音が心を満たしていく。
「なあ......来年もまた来ようぜ。」
「うん」
彼からの提案に小さく頷いた。
彼と一緒にまた自転車に乗って、海を見に行こう。
次は、きっと友人じゃなくて恋人として。
『自転車に乗って』
ピアノの音を聞くと昔のことを思い出す。
親の都合で田舎に引っ越した。
車の通りは少なく、
隣の2、3件の家を除けば周りには田んぼしかない。
コンビニに行くまでに車で20分もかかる。
自転車で10分程のところに小さな商店街らしきものがある。
そんな田舎だとやることなんて大してない。
学校のない日は、家でゴロゴロとする日々を送っていた。
ある時窓を開けていると、隣の家からピアノの音がした。
拙い音色、間違えたのか少し前からまた始まる曲。
聞いた事のない曲だが、心地よいそよ風と一緒に僕の部屋に入ってくる。
その日から毎日、窓を開けピアノの音色を聴くのが僕の日課となった。
何も無い日常を少しだけ彩ってくれた。
誰が弾いているのか、何を弾いているのか気にはなったが調べようとしなかった。
誰が弾いているのか、なにを引いているのか分かったら、何か変わってしまうと思った。
ある日のこと、お使いからの帰り道。
しばらく前より上手くなったピアノの音が聞こえた。
隣の家の窓が空いていた。
風がカーテンを開け、ふと見えてしまったのだ。
僕の日々を彩っていた音色を奏でる正体を。
そこには、黒い髪の少女がピアノを弾いていた。
曲が終わり視線に気がついたのだろうか、彼女と目が合った。
その時の僕は何を思ったのか逃げるようにその場を後にした。
「ねぇまた、あの日のこと?家に帰ったらあの日の曲を弾こうか?」
僕の隣にいる彼女がそう言って笑った。
『君の奏でる音楽』
田舎に住んでんると危機感が薄れる。
わりと近所の人が勝手にものを家に置いていくから
玄関に鍵をかける習慣も薄れた。
近所に住んでる人がどんな人なのか噂も直ぐに広がる
人口の少ないこの街では、誰が誰なのか何となくわかるから、人に対する警戒心が薄れた。
車の通りも電車やバスに乗る人の数も少ないから
周囲に対する危機感も薄れた。
日に日に薄れゆく危機感を感じながらこの街に毒され緩慢になっているのだと実感する。
がらんとした電車に違和感も抱かず乗り帰路に着く。
強い眠気に襲われ、どうせ降りる駅は終点なんだから
と呑気に意識の手網を手放した。
「……ろ……い、起き……おい、起きろ」
強く低い声の呼び掛けで起きた。
「?着いた……?」
「ここ先は、お前の行く終点じゃない、今すぐこの電車から降りろ」
まだ寝ぼけているのか目の前の人の顔が黒く霞みがかって見えなかった。だが、この人の声に従わねばならないと本能が理解する。
電車を降り、走り行く電車の窓を何となく見ていると近所の山田さん1家と目が合った気がした。
いつもの癖で、山田さんの娘さんに向かって手を振っていた。
田舎の一駅は徒歩では辛いなと思いながら駅名を確認すると終点だった。
やっぱり寝ぼけてたのか?と感じつつも言いようの無い違和感が残った。
結局次の日の夕方には、その違和感は消えた。それと同時に胸が苦しくなった
いつ終点が来ても良いように、失った危機感わ取り戻さねば
静かに揺れるマリーゴールドの花が夕日に輝いた。
怒鳴り声で起こされ、振るわれる拳
学校に行っても机には花瓶が置かれ
冷たい目と囁かれる陰口
救いを先生に求めても見て見ぬふり
帰れば、また拳と粘着質な中身のない説教
僕は、蝶よ花よと育てられなかった
「遅刻するよ」と優しく起こされ
学校にはいち早く行き花瓶の花を替え
温かい目と周囲の陽口
出会い頭に先生に褒められ
帰れば、温かいご飯とお風呂
私は、蝶よ花よと育てられた
結局育てられ方じゃない
だって僕は躍起になって這い上がった
だって私は気がつけばどん底に居た
目の前の女を今度は蝶よ花よと商品にしなければならない
『蝶よ花よ』