「星のかけらにはね。願いが詰まってるんだよ。」
私の頭を撫でてくれた兄。彼は何を願ったのだろう。
「これ、あげる。」
そう言って、兄から受け取ったものは、砂だった。近くに浜辺があるから、多分そこのものを取ってきたのだろう。兄はよく、足の不自由な私のために、色んな物を見つけては嬉しそうに手渡してくれた。
「これはね。星のかけらなんだよ。」
そしていつも、可笑しな名前をつけていた。綺麗な石は、太古の勾玉。貝殻は、魔法の電話。他にも色々。お陰で私の部屋は物でいっぱいだ。
「いつもありがとう。」
「良いんだよ。僕は君のお兄ちゃんだから。」
あぁ、私は彼の妹で良かった。
「さぁ、星のかけらに願い事をして?」
「お兄ちゃんと色んな物を見れますように。」
私がそう言うと、兄は嬉しそうに笑った。
「僕が色んな場所に連れて行くよ。」
「お兄ちゃんは何を願ったの?」
「秘密。」
兄はイタズラっぽく笑っていた。
「星のかけらにはね。願いが詰まっているんだよ。だから、忘れたら駄目だよ。忘れると、叶わなくなっちゃうからね。」
ねぇお兄ちゃん。私、忘れなかったよ?ずっと願い続けたよ?でも、叶わなかった。何で、私を置いていったの?
今日で兄が死んでから、五年が経った。兄は道路に飛び出した子供を庇って、車に轢かれた。優しい彼らしいと思った。でも、幼い私には到底信じられなかった。だって、こんなにも部屋には、兄との思い出が溢れているんだ。
「願い事は、叶わなかったよ。」
ふと、星のかけらの瓶に目をやると、中に紙が入っている事に気付いた。取り出してみると、そこには兄の字があった。
【妹の足が良くなりますように。】
そう書かれていた。あぁ、なんて温かい人なんだろう。私の頬には雫が流れた。
私の足は次第に良くなっていった。きっと、兄が今も願っていてくれたのだろう。
「ありがとう、お兄ちゃん。」
さぁ、今度は私の願いを叶える番。兄の写真を持って、カバンを背負った。
お兄ちゃん、今から星のかけらを探しに行こうよ。
「君は、僕を呪うかな?」
一人しか居ない部屋で言葉だけが反響する。
「あの世ってあるのかな?」
至って普通の声で、彼が僕に聞く。僕は適当に流した。最近彼は、この手の質問ばかりしてくる。夢見がちというか、現実味がないというか。
「ねぇ、聞いてる?」
「聞いてるよ。まぁ、あるんだったら、きっと良い所だよ。だって、誰も帰ってこないんだから。」
「そっか。…なら良かった。」
「声が小さくて聴こえなかったんだけど。何か言った?」
「いいや、何も。」
数日後の連休。僕の家のポストに、彼からの手紙が届いた。メールがあるのに、随分と古風な。そう思いながら、自室で手紙を開いた。
【親愛なる親友へ。俺は君に伝えたい事があります。】
堅苦しい言葉が並ぶ。改まってどうしたのだろうか。
【俺はずっと、死にたかった。理由もなく、只漠然とそう思って生きてきた。でも君と出会えて、少し生きたいと思えた。でも、もう限界みたいだ。俺は自殺しよう思う。きっと理解されない事だけど、君には知っていて欲しい。だから、この手紙を送ります。】
短い手紙には、計り知れない彼の思いが綴られていた。どれだけ悩んだのだろうか。手紙には修正された箇所が多々ある。
「君は、僕を呪うかな?君のSOSに気づけなかった僕を。」
君がした質問には、ちゃんと意味があったんだね。手紙に雫が落ちた。その時、裏側に文字が書かれている事に気付いた。
【PS・あの世で待ってるよ。】
僕は何も持たずに、自宅マンションの屋上に向かった。
まだ寒いこの時期の屋上は、凍えそうな程だった。でも、どうせすぐ終わる。僕はフェンスをよじ登った。
「今から逝くよ、親友。」
追い風が僕の背を押した。
『故人図書館、ご来館ありがとうございました。』
「司書さん、僕今冬休みなんだ。だからたまに来てもいいかな?」
『それはどうでしょうか。ここは、貴方様の過去が途絶えかけた時のみ、訪れる事が出来るのです。』
「過去が途絶える?」
『死への願望が頂点に達した時の事を指します。』
「じゃあ、暫くは来れそうにないや。」
『それでは、私は気長に貴方様の物語を待ちましょう。』
『冬休み…ですか。もうそんな時期だったのですね。』
壁に掛かったカレンダーは、七月のままだった。そういえば、最後に休んだのはいつ頃だったか。確か、去年のこの時期だったはず。
『私も休暇を頂きましょうか。』
図書館の扉のベルが鳴る。さて、どんな死にたがりでしょうかね。
『やぁ、久しいですね。』
『おやおや、これは。私に故人図書館をくださった神様ではないですか。』
『ここの噂は、天界でも聞くほどですよ。頑張っているようで感心ですね。』
『ありがとうございます。』
『そんな貴方に、冬休みを差し上げます。』
『丁度休暇を欲していた頃ですよ。有難く頂きます。』
『それでは、今日から休暇を楽しんで下さい。…そうそう、生人図書館を知っていますか?』
『えぇもちろん。貴重な同業者ですから。』
『彼にも休みを差し上げようと思ったのですが、施しは要らねぇと言われてしまいました。』
『それは、なかなかの方ですね。』
『彼は去年までは貴方同様休みを取っていたのですが、今年は要らないそうです。仕事が楽しくなってきたのですね。それで、貴方はどうするんでしたっけ?』
『私も今年は働く事に致します。』
あの神様、わざと彼の情報を話したな。別に彼に興味はない。死にたがりの悩める方々にも何とも思わない。只あの神様に馬鹿にされた気がしただけだ。生前から変わらず、私はどうも負けず嫌いらしい。性格は死んでも曲がらないのか。決めてしまったものは仕方ない。さて、頑張りますかね。
『本日も、故人図書館は貴方様の物語をお待ちします。』
冬季はココアを用意して、お待ちします。
『ようこそ、生人図書館へ。』
「こんばんわ。」
『聖夜の祭りも終わり、街は少し寂しげだな。』
「そうですね。」
『お前さんは誰かと過ごしたのかい?』
「過ごす、予定でした。」
『お、何かありそうだな。』
「一緒にクリパしようって約束していた友達にドタキャンされました。」
『それはウゼェな。』
「ですよね。それも理由が彼女が出来たからですよ。その事で喧嘩してしまいました。」
『ったく。最近のガキは血の気が多いねぇ。聖夜に喧嘩なんてするもんじゃねぇぜ。』
「御尤もです。…司書さん。何故皆変わっていってしまうんでしょうか。」
『そりゃあ皆人間だからな。誰でも、お前でも変わっていんだよ。気づかないだけでな。』
「そうですかね。」
『逆に変わらねぇ奴が居たら、惨めで見てられねぇだろ?でも、お前はちゃんと見てんだ。』
「なるほど。」
『安心しろ。誰もお前さんを置いて行ってないさ。』
「そうだと嬉しいです。司書さんって見た目に反して真面目なんですね。」
『よく言われる。』
『変わらないものはない。それなのに人間ってのは、どうして不変を好むんだろうな。』
『本日も、お前さんの未来が進む様を見届けよう。』
『さて、もうすぐ俺達にも休みが来る頃か。』
「うるせーな。」
無駄にうるさい音楽、無駄に明るい装飾、全部消えろ。
「今まで、ありがとう。」
そう言って彼女は、俺から離れた。去年のクリスマスイブの夜の時だった。あれからもう一年。
「今年はくりぼっちか。」
街を歩くカップルを見て、ふとそう思った。別に友達と過ごせばいいのに、何故か元カノを思い出してしまう。自分の事ながら、情けない。
「どこもかしこも、浮かれてんな。」
どの店も着飾っていて、眩しかった。しかし、一店だけ何の装飾もされていない店があった。この時期には珍しいと思い、少し中を覗いた。店内は、花で溢れていた。冬にもこんなに沢山咲くんだなと思った。
「誰かにプレゼントでもお探しですか?」
いきなり声を掛けられ驚いたが、店員はにこやかに笑っているだけだった。名札を見る限り、店長か。
「いえ、別に。少し気になったもので。」
「そうでしたか。これは失礼しました。」
「綺麗ですね。」
「クリスマスの装飾には負けてしまいますけどね。」
「全然そんな事は無いです。」
「大切な人に送って差し上げてはどうです?」
「いませんよ。そんな人。」
「それは残念です。」
店長は、手に持っていた如雨露で花に水をあげていた。
「やっぱりください。お花。」
さっき買った花を手に、彼女に会いに行く事にした。怖かったけど、このままで終わりたくないと思った。
「久しぶり。」
彼女は無言のままだ。なので俺は、手に持っている花束を差し出した。
「これ、さっき買ったんだ。君によく似合う、綺麗な花でしょ。」
彼女は無言のままだ。それもそうだ。彼女はもう居ないのだから。俺は彼女の墓に触れ、涙を流した。
「また会いに来るよ。今度は違う花を持って。」
彼女の墓の前には、バラの花束を置いた。その花は、イブの夜には地味すぎるけど、世界で一番綺麗だった。