海月 時

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6/28/2024, 2:57:36 PM

『また会いに来な。』
彼女は笑顔で言った。私の目には涙が浮かんだ。

「来週、花火大会があるんだって。」
今は夏休み期間。私は昔住んでいたこの町を訪れていた。
『昔はよく二人で行ったよね。』
私の横で話す彼女は、幼馴染で親友。私の引っ越しをきっかけに疎遠になってしまい、ついさっき再会したのだ。
『また一緒に行く?』
「行こ!浴衣あるかな?」
他愛のない会話。そんな会話でも懐かしさを感じるのは、夏のせいかな?

「楽しかったね。花火綺麗だった!」
彼女からの返事はない。私達の間には沈黙が流れた。それでも気まずさはなく、心地よかった。
『暫くは君とは会えなくなるのか。寂しいね。』
「今度は君が私に会いに来てよ。」
彼女は首を横に振った。私が聞く前に、彼女は言った。
『目を覚ませ。君の居場所はここじゃないだろ。』
この言葉を聞いた途端、頭に鋭い頭痛が走る。そして、私の意識が遠のいてくるのが分かった。
『また会いに来な。私はここで待っているよ。』
笑顔の彼女は、なんだか泣いているように見えた。

目を開けると、白い天井があった。段々と記憶が戻る。
「そっか私、事故に遭ったんだ。」
夏休み初日、私は駅に行こうとしていた。横断歩道を歩いた時、車が横から来て。
「何しに、駅に行こうとしたんだっけ?」
そうだ。私は町に帰ろうとしたんだ。彼女の墓参りのために。じゃあ今までのは、全部夢だったのか?夢だとしても、彼女と過ごした記憶は本物だ。
「君は夏の精になってまで、会いに来てくれたんだね。」
目から一筋の涙が流れる。また会いに行く。そう誓いながら、私は夏の音に耳を澄ました。

6/27/2024, 2:25:27 PM

『君は何だか、生きづらそうだ。』
悲しそうな表情する彼。俺の目から雫が落ちた。

「天使だ。」
俺の口からは自然と、その単語が出た。比喩などではなく。目の前の彼には、白く美しい翼が生えていたのだ。
『こんばんわ。ベランダお借りしてるよ。』
俺に気付いた天使は、微笑んだ。俺の家はマンションなので、よく鳥が羽を休めにやってきた。それと似た理由なのかと考えていると、天使は口を開けた。
『僕は天使じゃないよ。昔は人間だったんだ。でも、環境に恵まれなくって、最後は自殺しちゃったんだよ。そんな僕を哀れんだ神様が、僕の願いを聞き入れてくれた。』
「何を願ったんですか?」
『どこまでも行ける、翼をくださいってね。』
翼。俺もそんなものがあったら、楽しいかな?
「何でその話を、俺にしたんですか?」
俺が聞くと、彼は真剣な眼差しを俺に向けた。
『僕みたいな死者が見える人って、死期が近い事を示すんだよ。そして、僕達はその人の死因が分かるんだ。君は近々自殺する。君も環境に恵まれなかったんだろ?』
俺は言葉が詰まった。ただ頷く事しか出来なかった。
『僕はきっと、君と自分を重ねちゃったんだ。だから言える。君は何だか、生きづらそうだ。』
涙がこぼれた。今まで、誰も俺の事を気にしてはくれなかった。両親も先生もクラスメイトも。それなのに、彼だけは俺を見てくれた。
「ありがとうございます。」
心からの感謝の言葉は、弱々しく夜に飽和されていった。

『今日は君の、命日だ。寂しくなるよ。』
「えっ!死んだら会えなくなるんですか?」
『生きてる君とはね。』
自殺する直前なのに、俺達の間には笑いがあった。
『死ぬのは怖くない?』
「怖くないって断言はできません。それでも、落ちるよりも飛び始める、って思うと気が楽です。」
俺は、ここではないどこかまで飛んで行ける翼を神様に願った。さぁ、飛ぼうか。俺の体が宙を舞った。

6/26/2024, 4:36:54 PM

「お話しませんか?」
そう言う彼の目は、全てを見透かすようだった。

「ここから飛び降りるの?」
誰だこいつ?ネクタイの色から同級生だと分かる。無機質な笑顔を見せる彼。変な奴、これが初めの印象だ。
「辞めろとか言うのか?」
彼は無言で頭を振った。じゃあ何しに来たんだよ。
「僕はただ、自殺する人の心情が知りたいんだよ。だから僕と、お話しませんか?」
彼の言葉に偽りは感じなかった。俺は彼に流されるまま話し出した。

家に帰るのが辛かった。父親は酒屑で、酔っ払うと暴力を振るう。母親は癇癪持ちで、気に食わない事があると一日中暴れた。こんな家庭に産まれて、真面目に育つ訳が無い。俺の心は次第に、ボロボロに崩れていった。こんな日々から逃げ出したい。そう思った時、屋上のフェンスの向こうに立っていた。

「これが俺が自殺しようと思い立った理由だよ。」
彼は俺の話を頷きながら聞いてくれた。そういえば久しぶりだ。まともに人と話すのは。
「お前は何で、自殺する人の心情が知りたいんだ?」
俺が聞くと、彼の笑顔が一瞬引きつった。そして、徐ろに口を開けた。
「僕の兄は去年、首をつって死んだんだよ。学校で虐められてたんだ。あの時兄は、何で身内とかに相談しなかったんだろうって、ずっと疑問だったんだよ。でも、君のおかげで分かったよ。兄は人生から逃げたかったんだね。」
彼の目には涙か浮かんでいるようだった。

「俺は、この日にお前と話せて良かったよ。」
あと半歩前へ行けば、この世とおさらばだ。
「僕も君と話せて良かった。あの世に逝ったら、兄によろしくね。」
俺達は拳を合わせ、笑い合った。
「またどこかで逢えたら、友達になってくれますか?」
「当たり前だろ。じゃあ俺は先に逝くわ。」
俺は彼に見送られながら、前へ歩いた。

彼と最初で最後に出逢った日。俺が死んだ日。そんな日に俺は、彼への幸福と再会を願った。

6/25/2024, 3:14:24 PM

「強くなりたい。」
そういう彼女の目は、潤んでいた。

「私達、別れましょ。」
突然、彼女が告げた。その言葉は、残酷なまでに優しかった。お願いだから。そんな泣きそうな顔しないでよ。そんなんじゃ、僕は一生君を忘れられないよ。
「もっと僕を頼って欲しかった。」
放った言葉は、風に飛ばされてしまう程に弱々しかった。

この一ヶ月後に、彼女は亡くなった。死因は病死。元々体が弱かったらしく、僕を振った日には、余命宣告されていたらしい。僕は分かっていたんだ。彼女の病が悪化している事にも。それなのに、気付かないふりをした。いや、気付きたくなかった。結局の所、僕は弱虫なのだ。

〈貴方にお願いがあります。私が死んだら、私の意思を継いで欲しい。私はタンポポの綿毛のように、弱い人間です。私はそんな自分を変えたかった。でも、そんな願いはもう叶わない。だから、貴方が、私の分まで強くなって下さい。それが私からの、最後の我儘です。〉

正直、僕には荷が重い願いだ。それでも、叶えてみせるよ。それが君を一人にした、僕の贖罪だ。

繊細な花として散った彼女。そんな彼女を愛した僕。僕たちが強さを得るには、まだまだ時間が掛かりそうだ。風が吹く。タンポポの綿毛が空に踊った。

6/24/2024, 3:12:29 PM

「好きです。」
あの時、あの瞬間から俺の心は確かに彼女のものだった。

「もう一年か。早いね。」
教室の窓の外を眺めながら、彼女が言う。長い黒髪は風に揺れ、羽のようだった。神の使いかと思うほどの美しさが、彼女にはあった。そんなどこか儚いオーラを纏った彼女に、俺は一目惚れしたのが、一年前。あれから俺達は親友となり、恋人となった。
「来年も一緒に過ごしたいね。」
些細な願いだった。これの願いが叶うなら、俺は何だって出来る。そう思っていた。

ここは病院の中の一つの部屋だ。目の前には彼女がいる。目を伏せた彼女がいる。
「お願いだから、目を開けてよ。」
どうやら事故に遭い、意識不明らしい。そんなの嫌だ。彼女と話したい。彼女と笑いたい。ずっと彼女と一緒にいたい。想いが溢れる。しかし、この想いは彼女には届かない。こんなはずじゃなかったのに。辛いよ。怖いよ。こんな現実、逃げたいよ。でも、俺は諦めない。まだ、彼女と会える希望があるから。頑張るよ。何日、何ヶ月、何年経ってでも、彼女とまた一緒に過ごすんだ。

俺の努力は報われず、一年後に死んだ。もう駄目だ。彼女とは会えない。この事実は死よりも辛かった。
「君に会いたいよ。」
「それはこっちの台詞だよ。」
懐かしい声に、振り返る。そこには彼女がいた。
「君が死ぬなら私も死ぬ。だって、ずっと一緒なんでしょ?」
彼女はお茶目にそう言った。涙が止まらなかった。
「俺が起きるの、ずっと待っててくれたの?」
「当たり前でしょ。」
俺達は笑い合った。そして誓った。一年後も十年後も百年後も、来世でも、彼女の傍に居続けると。

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