「私の事、ずっと守ってくれる?」
彼女が夢の中で言う。またこの夢か。僕の目は潤んでいた。そして小さく、ごめんと呟いだ。
「大人になったら結婚しようね。」
子供の頃にした彼女との約束。彼女とは、保育園の時に出逢った。年長の男子に虐められているのを、助けたのが始まりだった。それからは、毎日喋っては遊んでいた。今思えば、あの時から僕は彼女の事が好きだったのだろう。突然の彼女からの告白も受け入れた。これからもずっと一緒だと喜んで浮かれていたのに。
彼女は今、仮死状態だ。階段から転んだ際、打ち所が悪く目を覚ます可能性は極めて低いと、医者が言っていた。彼女が転んだ時、僕はすぐ近くに居たのに、助けれなかった。約束したのに、守れなかった。僕は何度も彼女に謝った。それでも、彼女からの返答はなかった。その事がより、僕に現実を見せてきた。
あれから数年。僕は高校生になった。今日も僕は、君の病室のベットの前に居る。君は子供のままだ。
「僕だけ大人になっちゃったね。」
答えはない。とうとう僕は、溜まっているものが溢れた。
「目、覚ましてよ。君が居ない世界は冷たいよ。もう生きたくないよ。」
涙が溢れる。その時、ほんの少しの温もりを感じた。顔を上げると、幽霊のように透けている彼女が居た。
『泣かないでよ。私は居るよ。ずっと君の傍に。だから、笑って?私の大好きな笑顔で。』
僕は下手くそな笑顔を見せた。安心したように笑い、彼女は消えた。
あれから何年が経っても、彼女への思いは消えない。僕の心はずっと子供のままでいる。それでもいい。彼女はこんな僕を認めてくれるはずだ。今日も僕は、彼女の墓にキキョウの花を贈る。
『またな。』
貴方が言う。何度目だろう。貴方とは会ってはいけないのに、僕は次を期待してしまう。
「自分らしく生きろよ。」
あれは確か、僕が警察官だった頃。殺人鬼の僕に先輩が言ってくれた言葉だ。先輩は僕の、地獄に逝きたいという狂った願いを受け止めてくれた唯一の人だった。そんな人を僕は殺した。自分の夢のために。先輩が何故あんな言葉を僕にくれたかは分からない。そして、僕は答えを知るために、自らに刃を立てた。
今の僕は、地獄に住み着き、悪人に罰を与える悪魔だ。そして、先輩は天使となった。当然の事だ。誰よりも優しい貴方にお似合いだと思った。先輩は時々、地獄にこっそりと遊びに来る。来てはいけないと何度言っても聞く耳を持たない。そして今日も僕は先輩に連れられていた。
『何故こちらに来るんですか?』
『お前に会いに来てるに決まってるだろ。』
また、貴方はそんな事を言う。止めてくれ。期待してしまうから。僕は先輩が好きだ。口調が荒いのは照れ隠しな所も、お節介な所も、誰にでも優しい所も全部好きだ。性別なんて関係ない。それでも、どれだけ思いが強くても僕達は天使と悪魔なんだ。幸せにはなれない。
『先輩は何故、あの言葉を僕に言ってくれたんですか?』
先輩は当然のように言う。
『お前が俺に殺人鬼だって言った時思ったんだ。こいつはいつも自分の心も殺しているんじゃねーかって。だから、可愛い後輩には幸せになって欲しいと思ったんだよ。』
涙が止まらなかった。太陽のように輝いて見えた。そして、先輩への思いが膨らむ。気を抜いたら、告白してしまいそうだ。
『ありがとうございます。』
『おう。じゃあそろそろ戻るわ。またな。』
今日も僕は、天を仰ぐ。上には貴方が居る。この恋が実らなくたって、いい。貴方がいるだけで、それだけでいい。今日も僕は、届かない思いを叫び続ける。
「もう春だね。」
俺は今日も、彼女を探す。
「入部ありがとうございます!」
俺の前には嬉しそうにしている女の先輩。俺は可愛らしい先輩に惹かれ、気付いた時には廃部寸前の【写真部】に、入部していた。後悔しても、もう遅い。先輩は仲間ができたと喜んでいた。そんな先輩に現実を話すのは酷だ。俺は諦めて、部員二人だけの写真部に入部した。
あれから半年が経った。先輩との部活動は大分楽しいかった。先輩の事もよく知れた。彼女は蝶、特にモンシロチョウの写真を撮る事が多かった。来世は蝶になりたいな~。なんてよく言っていた。来世なんて現実離れしている。その時は思っていた。それなのに。
先輩が交通事故に遭って亡くなった。俺はまだ、先輩に好きを伝えていないのに。何度も後悔した。だが、先輩は戻らない。泣き疲れた時、俺は自殺を決意した。
最後に先輩の墓を訪れた。そこには先輩が待っていた。先輩は生前と変わらぬ、可愛らしい笑顔で居た。
『やっと来た〜。待ってたんだぞ。』
涙が出る。でも、先輩の前では格好つけたい俺だ。
「すぐに、そちらに向かいます。また一緒に写真を撮りましょう。」
俺は下手くそに笑った。しかし、彼女の笑顔はなかった。
『駄目だよ。命を大切にして。まだ生きてよ。』
「貴方が居ない日々になんの価値もないですよ。俺はこれからも先輩が好きです。」
先輩は泣いていた。嬉しそうな、悔しそうな表情だった。
『私も好きだよ。でも、もう手遅れなんだ。だからさ。私は来世では蝶になる。そして、君は私を撮るんだ。』
先輩は本当にずるい。その瞳を見て、断れるわけない。俺は先輩に小指を向けた。
「約束ですよ。」
先輩の顔には、俺の大好きな笑顔があった。
俺は先輩を探して色んな所を訪れた。しかし、どこにも居ない。そこで俺は二人だけの部室に向かってみた。俺は、部室に入るなり、シャッターを切った。小さくて儚く、それでも確かな強さがある可愛いらしい先輩の姿があった。
『来世では、結ばれるかな?』
これは何度も見てきた夢だ。内容は【ロミオとジュリエット】のようだ。恋が叶うように来世を願う彼女。その相手が何て言ったかは分からない。ただ、彼女は泣いていた。
「呼び出してごめん。」
俺は幼馴染の彼女に言う。彼女はからかうように言う。
「もしかして、告白ー?」
彼女の言う通り。俺は今から、5年間の片思いに蹴りをつける。彼女への思いが爆発する前に。
「好きです。5年前からずっと好きだ。」
ついに言えた。彼女の顔を見る。何かに怒っているように見えた。
「忘れたんだね。思い上がった私が馬鹿みたい。」
俺は何を忘れているのだろう。戸惑う俺の様子が、更に彼女を苛立たせたようだ。彼女は俺に近づき、キスをした。感情と行動が全然違う。俺は動揺を隠せなかったが、同時に頭に鋭い痛みが走った。そして思い出した。昔の事を。
俺らは前世、結ばれなかった恋人同士だった。しかし、お互いを諦めきれなかった。度々、二人で会っていた。俺のあの夢は俺らの前世だったのだ。全て思い出した。彼女はこれを覚えていたんだ。だから、俺の〝5年前〟という言葉に苛立ったのだ。
「思い出した?」
彼女は俺の顔を覗き込む。
「最初に君に会った時は驚いたよ。約束覚えててくれたんだって。」
そうだ。俺は約束したんだ。それも忘れてしまっていた。
「ごめん。今思い出した。」
「いいよ。現世では結ばれたんだし。」
彼女はお茶目に笑う。昔と今の彼女が重なる。僕らはもう一度、キスをした。
あれから数十年後。俺はもうすぐ寿命が来る。でも、不思議と恐怖はない。彼女が居るから。俺は彼女に前世と同じ言葉を言った。
「来世で君がどんなに変わっていても、探し出すよ。」
そして、俺は息を引き取った。来世では覚えておこう。この忘れられない約束をいつまでも。
「今日はね、庭に花が咲いたんだよ。」
彼女が嬉しそうに話す。しかし、その目は笑ってはいなかった。僕はその理由を知っている。だが、何も出来ない。僕は、自分の無力さに涙した。
「一年後、貴方は死にます。」
一年前に友達と行った、占いの館での事だった。ここの占いは絶対当たると、巷でも有名だった。そんな場所での、突然の余命宣告。僕は、占い師の言葉に耳を疑った。そして、苛立った。人の死を何だと思ってるんだ。僕は早足で館を出た。
「安心してください。貴方の死は正しい。」
占い師がそんな事を呟いていた。正しい死ってなんだ。僕はこの意味を一年後、理解した。
「ごめんなさい。私のせいで。」
薄れゆく意識の中、彼女の泣き声が聞こえてくる。僕はもうすぐ死ぬ。彼女を庇って、車に轢かれたのだ。この選択は正しいんだ。占い師の言葉を思い出す。そういえば、今日で一年だったな。死ぬというのに頭は冷静だった。だが心残りはあった。彼女だ。優しい彼女は、僕の死を自分のせいだと追い詰めてしまうだろう。どうか君には、僕の分まで長生きして欲しい。そんな事を思いながら、僕は天国に昇った。
今日は彼女が墓に来ない。風邪でも患ったのかな?そういえば、今日で僕が死んで一年経つらしい。天国では時間の流れがないため、日時は分からない。彼女も来ないみたいだから、もう帰ろう。そうして僕は、天国に戻った。天国に戻った時、僕の目から大粒の涙が流れた。
僕は彼女と再開した。