「楽園に行きたいな〜。」
ずっと思っていた。その願いを叶えるために、この日まで生きてきた。僕の楽園はー。
「物騒な世の中だなー。安心して眠れやしない。」
先輩が新聞を読みながら言う。きっと、巷で騒がれている殺人鬼の事件を見ているのだろう。
「その為の僕ら、警察官じゃないですか。」
僕は仕事をしながら言う。
「言うようになったじゃねーか。」
先輩は大口で笑いながら、新聞を置いた。
「それにしても、誰が犯人なんでしょうか?先輩は分かりますか?」
実は、僕は犯人を知っている。そして今日、その話をするために、先輩を誰も居ない部屋に呼び出したんだ。
「俺は分かるよ。」
やっぱり。先輩は気付いていながら、黙っていたんだ。こんな奴にも優しいんだな〜。
「お前なんだろ?殺人鬼ってのは。」
僕は静かに頷いた。
「なんでこんな馬鹿げたことしたんだよ。」
「楽園に行きたかったから。」
僕の言葉を聞いても、先輩は動揺しない。
「皆さんにとって天国が楽園であるように、僕にとっては地獄こそが楽園なんです。」
理解して欲しいなんて思っていない。ただ知って欲しかったんだ。今から先輩を殺す理由を。
「はぁ~。そうかよ。俺を殺すんだろ?早く殺れよ。」
本当に勘のいい人だ。僕はナイフを先輩に突き出した。
「最後にいいか?」
恨みごとだろうか。僕はナイフを下げた。
「自分らしく生きろよ。」
予想しない言葉が発せられた。
「じゃあな。楽園、行けるといいな。」
そして、僕は先輩を殺した。僕の頬には、熱いものが流れている。
「貴方が今までで一番、殺しにくかったですよ。」
そして僕は、自分の腹をナイフで刺した。
「風になりたいな〜。」
彼はよく言っていたっけ。今そんな事を思い出す私はきっと狂っている。自らを嘲笑いながら、私はフェンスに足を掛けた。
「よし、死のう。」
突然そんなことを思った訳では無い。前々から飽き飽きだったんだ。私の最愛の人〝彼〟が自殺したあの時から。
彼はイジメを受けていた。それに気付いていながら手を差し伸べない、彼の両親、担任、クラスメイト、そして私自身。全員が加害者だ。それなのに罰せられることは無い。その全てを疎ましく感じていた。だから、今日死ぬのだ。この死は、罪滅ぼしだであり、自分保護のためなら相手を蹴落とす人間の醜さの証明だ。そして私は、彼が死んだ屋上へ向かった。
屋上のフェンスを乗り越えた先に、彼は居た。生前と変わらぬ、穏やかな優しい表情で私を待っていた。
『なんでここに来ちゃうかな〜。』
風に乗って懐かしい彼の声が耳に届く。
『僕はまだ君に生きて欲しかったのにな。』
そう言って彼は静かに泣いた。
「仕方ないじゃん。君がいない世界に何の価値もないんだから。」
私は彼が死んでから、この世界から色が消えた。何も感じなくなっていた。だから、彼に会いに逝くんだ。
「止めないの?」
『止めないよ。だって君、すっごい頑固じゃん。それに僕も会いたかったんだ。最低な彼氏でゴメンネ。』
彼は申し訳無さそうに言った。同じ気持ちだったんだ。彼だけが私を認めてくれる。やっぱり、最高の彼氏だ。私は彼の目を見て、笑顔で言った。
「今から逝くよ。」
彼は、泣きそうな顔で笑っていた。
その日、私は風になった。
「俺には死など来ない。」
そういった時、確かに胸が痛かった。
永遠。響きは魅力的だが、呪いに過ぎない。俺は昔呪われたのだ。人でいう神という奴に。あいつらは本当にタチが悪い。遊びで俺の人生を滅茶苦茶にしたのだ。そのせいで俺は不老不死の体になった。最初は俺も喜んださ。だが、時が経つ事に気づいた。この呪いの残酷さを。俺の家族、友人、愛する人、全員死んだ。最初の頃は知人が死ぬたびに泣きまくった。だが、もう慣れた。感情は消え、痛みも感じなくなった。そして決めたのだ。もう誰も愛さないと。そのはずなのに。俺は過ちをまた犯そうとしていた。
目の前にいる彼女。先日、確かに俺は呪いを打ち明けた。気味悪がるのが普通だ。なのに彼女の目は、どこまでも澄んでいた。
「どうして俺の元に来た?」
「貴方が私に話をしてくれた時、泣きそうな顔をしていたから。」
当然の様に彼女は話した。
「俺は何千年も生き続けた化け物だぞ!怖くないのか?」
「全然。だって一番怖かったのは貴方のはずよ。貴方にとって私は一瞬の時を生きる子供でしかないわ。それでも貴方の側に居たいの。我儘かしら?」
そういった彼女の頬は夕日のように赤く、無邪気な表情をしていた。
「俺はもう誰も愛さない。愛したくない。だから君から離れた。君に嫌われたら楽になると思ったのに。」
「本当に貴方って人は。何千年も生きてるのに、そんな事も分らないのね。」
彼女は呆れた表情をして、俺を抱きしめた。
「貴方がどんな化け物でも、私は貴方が好きよ。」
その言葉を聞いた時、自然と泣いていたんだ。いつぶりだろう。悲しみじゃない、喜びだ。初めて認められた気がしたんだ。
あれから数十年。彼女は亡くなった。俺にとっては刹那のような日々だった。それでも、あの日のことも、彼女と過ごした日々も一生忘れない。俺の宝だから。そよ風が吹く。彼女が居るのかな?俺は空を見渡し、微笑んだ。
「適当でいいじゃん」
今までだって、これからだって。ただ命っていう時間を消費するだけだ。今がいいならそれでいい。ずっと思っていたはずなのに。なんで君はそんな顔をするんだよ。まるで怒っているような、悲しそうな、泣きそうな顔をする君。
今日で君が病で亡くなってちょうど1年だ。
「ねぇ、死ぬときって怖かった?」
返事は無い。
「1人は寂しくない?」
君は頷いた。
「そっか。そうだよね。」
僕はそう言って、仏花を墓の前に置いた。早く会いたい。この願いはいつ叶うのだろう。僕の人生の終着点はどこだろう。君のいない世界は冷たくて息ができないよ。それでも生きなくちゃ。辛くても、苦しくても。じゃないと君に怒られてしまう。僕は君を見て、下手くそに笑いながら言ったんだ。
「頑張って生きてみるよ。」
僕の言葉を聞いて君は笑ったんだ。僕が大好きなあの笑顔で。まるで夏の向日葵のような笑顔。君の名前のようだ。君は自分の名前が好きじゃないという。確かに浮いた名前だ。でもそんな名前を僕は愛おしく思っている。
「またすぐ来るよ。今度は沢山の話を持って。待っててね、ソレイユ。」
ソレイユ。和名:太陽