よしだ

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7/15/2025, 4:56:05 PM

その時間がふたりだけのものだったら、
どんなによかっただろう

その秘密がふたりだけのものだったら、
きっとこうはならなかっただろう

その命がふたりだけのものだったら、
この手は汚れずに済んだはずだった

この世界にふたりきりで
きっとわたしたち、死んでゆきたかった

人波に流されるまま
時の大河にさらわれて

ふたり固く握ったはずの手のひらは
今ひとり、空を切るばかり

運命だと信じたかった
ふたりの愛のお葬式

「二人だけの。」

7/14/2025, 7:07:52 PM

幼い頃、大好きだった夏
病床で、窓越しに見た夏
十四歳、淡い恋をした夏
ふたり、氷菓を食べた夏

夏が嫌いだ

照りつける太陽も、
うるさいほどの蝉の声も、
生命の伊吹を感じさせる木々も、
むわりと体をつつむ湿気も、
青い青い空に浮かぶ入道雲も、
空に閃く稲光も、
雨が去ったあとの夕暮れも、

全部全部大嫌いだ

だってそれは昔、私の世界だったのだから!

置いてきた心たちと
変わってしまった全てがくるしい

あのころきらめいて見えた夏の日差しは
今私を痛めつける鋭い光になった

溢れんばかりの命の気配も、その輝きも
私にはもう外側から見つめることしか出来ない

頭も、瞳も、心も鋭く痛む、
だけど諦めきれない、
私の、わたしの、わたしたちの、夏

「夏」

7/13/2025, 11:26:09 PM

あなたが真実を隠していることに
わたしは気づいている

そしてわたしはずっと、
見ないふりをし続けている

あなたがそれを隠した理由も、
その中身もわたしは知らない

あなたを愛しているとか、
知ることで傷つきたくないとか、
そんな理由じゃない

別にわたしは、
真実が欲しいわけじゃあないし、
反対に嘘が欲しいわけでもない

あなたに興味がないとか、
好意がないとか、
そんなことでもない

ただ単にわたしは、
あなたがわたしに、
あなた自身をそう見せたいのなら
それでもいい
そういう怠惰なのだ

「隠された真実」

7/12/2025, 4:09:20 PM

チリン、と澄んだ音のする風鈴は
想像するような硝子の風鈴ではなくて
向こう側なんて見えやしない鉄でできている

美しい春の音を奏でるうぐいすの姿は
梅によく映えるようなみどりではなくて
その幹に同化するような茶色をしている

虚構の陰にある真実は
けして
綺麗とは言えない姿をしているかもしれない

けれど、その虚構を支えたのは
陰から響くうつくしい音なのだ

「風鈴の音」

7/11/2025, 5:23:35 PM

ここ数日の記憶が無い
あるのは鈍く痛む頭と
鉛のように重たい身体だけ

思い返そうとしてみても
するりと軽く躱されて
本当にそこには何もないみたいだ

霧が隠しているよう、
なんていうけれど
ここにはその霧さえない

けれど、
確かに冷蔵庫の中身は減っていて
洗濯物が増えていて
カレンダーの日付は進んでいる

写真を見た

きっと置いてきたのだ
私の心、私の記憶
私の一部を

やむにやまれぬことだったのかもしれないし
愛ゆえに誰かにあげたのかもしれない
もしかしたら、ただのうっかりかもしれない

ただ、私にはその記憶さえないから
ぽっかり空いた空白の私を想って
影とと共に踊りながら
少しの寂しさと晴れやかさと、
切り取られた痛みを棺に入れて
ささやかな弔いをすることにしたのだ

再会は望めないことを知ったから
再会を望まない心を見つけたから

「心だけ、逃避行」

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