ルールを守る人
ルールを破る人
ルールに守られる人
ルールに傷つけられる人
ルールがあることに安心する人
ルールがあることに不満を持つ人
ルールを盲目的に信じる人
ルールを懐疑的な目で見る人
ルールを守らない他人に怒る人
ルールを守らない他人に無関心な人
ルールを作る人
ルールを変える人
ルールを破棄する人
ルールを都合よく解釈する人
ルールをそのままの意味で捉える人
ルールは決して人だけの特権ではないけれど
これほどまでに多彩に
そして生命としてのあり方を歪めるまでに
「ルール」を愛する生き物はいないだろう
良くも悪くも、私達は「ルール」の虜だ
虜だから、まだあんまり上手な付き合い方が
出来ていないのかもしれない
あったらなんだかんだ文句垂れるけど
なかったらなかったで不安になるなんて
なんと不思議な人の心
鎖は程々に
道理至極であるように
愛と優しさをひとさじずつ
それくらいのルールがいい
「ルール」
どうして、この世の中には
恋のうたであふれているの?と
母に尋ねたことがある
私は恋知らぬ童女で
そのくせ世の真理を悟ったように
物知り顔で話す背伸びしたお子様だった
恋なんて、
発情期をオブラートで何重にも包んで
素敵なお砂糖菓子みたいに言っただけの
ただの繁殖の為の機能でしょ
なんて、恋をしたこともないくせに
知ったふうに
母はそんな私に一言だけ
「花だから」
と言った
訳が分からなくて
もっとちゃんと説明してよなんて詰って
それで母はふっと息をついて
「人生の花だから。恋ってのは」
そう言った
そうだ、それを聞いて私は
恋とはどんなものかしらと
本当の意味で興味を持ったのだ
私は愛を知っている
でも、恋は知らない
聞くところによると
恋っていうものは
多幸感と
苦しさと
見える景色の色彩の変わることと
人をまるっきり変える力と
嵐のように心を荒らす激しさと
時に命を育み
時に命を殺す
とんでもない力を持つナニカらしい
ちょっとそれ、それだけ聞くと
怪しい薬かなんかじゃないの?
とか思ったけど違うらしい
恐ろしいと思った
でもそれ以上に
そんなにも人を狂わせる
「恋」というものを味わってみたいと思った
私は今、一応大人と言われる年になって
それでも心模様は今日も相変わらず
恋知らぬまっさらな無地の青だ
世間で聞くようになった
恋をしない人なのかもしれないとか
たまに思うけど、でも、
己を未だ恋知らぬ乙女なんだと信じて
いつか
その嵐が心模様を変える日が来ることを
少し楽しみに待っている
「今日の心模様」
たとえ、これ迄の私の道程が
目指した最果てが
全て全て間違いだったのだとしても
それでもかまわない
求めたものが手に入らなくても
求めたものが蓋を開けてみたら
イミテーションの瓦落多だったとしても
旅の中、その歩みが
そのさなかに失ったものが
全て全て、間違いへと突き進む為の
無意味な犠牲だったのだとしても
私は、それでもかまわない
だって、これは私の愛だ
この歩みも、求める心も、目指す旅も
全ては私の愛に始まり、
そして私の愛に終わるものだから
それならば、私は私の愛を
誰が否定しようとも
これ迄の道程は間違いでしたと認めても
私の愛だけは、私は肯定しなくては
どうしてそれが愛といえようか
私は声高らかに
愛を歌おう
この愛を抱けることの
幸福を、喜びを
私は歌おう
そうして、私は歌いながら
一人、盲た眼で歩もう
道無き道を、その先に答えがあると信じて
その果てが、破滅に繋がっているのだとしても
歩むことだけはやめてやらない
私の愛の歌は
私が斃れたあとでさえ
きっと鳴りやまない
さあ、そろそろゆこうか
それがたとえ、間違いだったのだとしても
行き着く先が破滅しかないのだとしても
愛を歌えよ
歩み続けよ
その時が訪れる迄
「たとえ間違いだったとしても」
※グロテスクです。
ぽたり、と雫が落ちた。それは彼女の心の器が許容量を超え、感情を溢れさせたことの証左だった。彼女がそれに気がついたことを皮切りに、まろい頬を伝う雫が量を増してゆく。ぽたり、ぽたり、ぽたぽた、ぱたたたた。涙をこぼす彼女はしかして、表情をピクリとも変えない。ジッと硬直して動かない。彼女の瞳はピタリと彼に縫い付けられたように向けられたままだ。
「どうして」
能面のような顔をした彼女が口を開く。それは問いかけだった。何故このようなことをと。如何してこんなに酷いことが出来るのと。
「どうして。どうしてそんな事いうの」
彼女は責めるふうでもなく、ただ如何して、と彼に問いかけていた。ほんとうに分からなかったから。信頼し、愛し尽くした彼が、凶行に走りその果てに既にずたずただった彼女の心を言葉と云うナイフで滅多刺しにした。けれど彼女はその理由が、原因が、それを行える心が分からなかった。
彼は、血の海に沈む肉塊を爪先で拗ねたようにつつきながら答えた。
「だって、僕よりこれが大事って君がいうから」
彼がつついている肉塊は、かつて彼女の可愛い弟だったものだ。頼もしい父だったものだ。優しい母だったものだ。心から愛する家族だったものだ。だから、彼の答えに唇が痙攣して二の句が継げなかった。そんな彼女に目もくれず、彼は続ける。
「僕だって、大事にしたかったんだよ?君の夫になるのだから、おじさんもおばさんも悠くんも僕の家族になるものね?
……だけどさぁ、君、僕が、今すぐ会いたいって言ったのに、……言ったのにさぁ!この、この!ただ君の後に生まれただけの餓鬼が?熱出したからって!?ただ君を産んだだけの女の帰りがほんの少しだけ遅いからって!!そんなくッだらない理由でッ!僕に!会わないッて!会えないッて!!言ったじゃない!?
……そんな邪魔なモノ、僕らの間には必要ないでしょう?だからこうして処分してあげたんだよって。きっと君も迷惑かけられて心底邪魔だったでしょう?処分したらさ、そしたらさ、君は解放されたんだよって教えてあげないといけないでしょう?ね、そういうことなんだよ。わかった?」
彼は段々と興奮してゆき、口から濁流の如く言葉を垂れ流して喋り続けた。息が荒くなって、頬がうっすら桃色に染まる。だん!だん!と彼女の家族だったモノを踏みつけながら憤怒の形相でやまぬ怒りを吐き出す。そしていきなり停止して、のろのろと顔を上げた。そこでひとつ息を吸って、彼女を見たその顔は、いつもの優しい彼の顔で。そうして彼は、出来の悪い教え子を諭すように告げた。
悪魔だ、と思った。これは人の皮を被った悪魔なんだと。とうに限界を迎えていた彼女の精神は、けれど今この時迄は辛うじてその形を保っていた。でももう無理だ。耐えられなかった。歪んでへこんで、金槌で殴った強化ガラスのようにひび割れた彼女の心は、その一撃をもって砕け散った。怖かった。気持ちが悪かった。信じたもの全てが、世界が、ペラペラな紙1枚に描かれた落書きのように思えた。
そうして彼女は嘔吐して、狂乱して酷い叫び声を上げて、そして彼に飛びかかって押し倒し、馬乗りになった。彼は酷く詰って抵抗して、彼女の美しい顔や体に酷い傷をつけたけれど、もう何も痛くはなかった。
彼女は手始めに彼の右の目玉を抉り取って、左の目玉を潰した。カエルの尻にストローを突っ込んで、膨らませて破裂させる遊びをした時にカエルがあげたような声が股の下からして、酷く愉快だった。
次に、彼女は取り上げた右の目玉と家族だった肉塊を彼の口に詰め込んだ。なぜなら、彼女の愛する母は「無用な殺生はいけません!」「私達の糧となった命には、きちんと感謝して頂くのよ」と言っていたから。だから彼女は、家族の死を無意味な死では、無用な殺生ではなかったことにしなくてはならない。彼女は彼が飲み込むまで、鼻と口を押さえつけてジッと見ていた。
───そして、そして、そして、暴虐の限りを尽くしたあと。彼女は全てを、全てを腹におさめて、スックと立ち上がると台所の包丁を取ってきて、それで首を掻き切って死んだ。たった半日あまりの出来事だった。
「雫」
何もいらない、なんて言えるひとだったら
どんなに良かっただろう。
“私は今これ迄に与えられてきたもので
満ち足りていて、
もうこれ以上の幸せなんてないと思うの。
何もいらないわ。後は眠るだけ”
なんてハッピーエンドのその先の
プリンセスみたいなこと。
だってあれもこれもみんな欲しいもの。
私、まだ何も持ってないんだもの。
お金も、愛も、すてきな未来も
家族も、友も、懐かしい過去も
何より幸せも!
欲張りだからこの手は空っぽなのかなぁ。
だけど、欲しがることを辞められないの。
まるで飢えた野良犬みたい。
あーあ、私、血統書付きの
ふかふかで可愛い子に生まれたかったな。
そうしたらきっと、こんなに飢えずに済んだのに。
「何もいらない」