『鐘の音』でふと、思い出したことがある。
よく耳にするのは
「彼と出会った時、鐘の音が聞こえたの!
だから、私は彼と結婚する運命なの」
と、女友達から聞いたことがある。
蛇足ですが、
あのココシャネルは、数多くの波乱な恋に出会い
自分の地位を築き上げることができたらしい。
もし、私の彼女と同じような大恋愛をしていたら
私は今頃、どんな人生を歩み、
誰と共に仕事をしていたのだろうか。
私はココシャネルの恋ほど波乱に満ちた恋には
未だかつて出会ったことはない。
だけど、もし人生の道筋を大きく変える人がいれば
教会の鐘の音が聞こえるのかと、
ふと疑問に思う。
結婚までは至らなくても、
自分の何かを変えてくれる人だと
キリストが知らせてくれるかもしれない
と、思ってしまった今日だった。
毎日同じ仕事の繰り返しで、
気疲れや睡眠不足の度合いだけが増えていく。
そんなつまらないことだらけ日々の中でも
私の好きなドラマや小説は、
観るたびに、読むたびに、どんでん返しを繰り返す。
つまらない毎日の中にも
面白いと思えるものに出会えれば
きっと光り輝くものがある。
仕事だって、頑張った分の給料という報酬がある。
だから私は、今日も少しだけ気を抜いて頑張ってみる
終電がなくなった夜中の駅のホームに、
懐かしい人たちと笑っている私がいる。
みんなと出会った高校の最寄駅。
楽しかったあの頃と同じ顔と馴染みのある制服。
「また会えたね」
「元気にしてる?」
「この前のドラマにお前の好きな俳優出てたよ?」
「マジで?見てなーい」
「内容はありきたりな恋愛ドラマだったけど」
そんな何気ない会話の中にぎこちない違和感がある。
みんなマスクをしていて、目が笑っていない。
でも、それ以外はあの頃と変わらない。
ただ、私たち以外に誰一人見当たらないことを除いて。
最近、仕事が忙しくて誰かと笑顔を話すことがなかった。
だから今のこの時間が永遠に続けばいいと思っている。
この不思議なくらい平和な景色が。
でも、いつかは終わりが来るのはわかってる。
目が覚めるまでにこの『今』を頭のDVDに記録しよう。
挫けそうになった時、このDVDを見て気力をもらう。
ありがとう、思い出させてくれて。
私には、共に笑い合える仲間がいることを。
オーバードーズをして意識が飛んでどこかに運ばれた。
目を覚ましたときには、薄いピンクの壁紙と白い天井に囲まれた、
落ち着いた色合いの部屋のベッドの上に寝かされていた。
ふと見ると、腕に点滴をしている。
ここは病室なのだろうか?
ぼやけて見える窓の向こう側は、
新鮮な雲ひとつない青空とお花畑が広がっている。
この景色を見て私は病院ではなく
どこかの別荘に連れて来られたのかと疑った。
でも、ずっとここにいてもいいと思っている。
居場所のないあの街にいて
自殺のつもりでオーバードーズを繰り返しても死ねないのなら
ここでこの穏やかな景色を見ながら何も悩まずに生きたいと。
そんなことを考えていると白衣を着た若い男性が顔を出した。
「お体の方はいかがですか?」
「だ、大丈夫です」
「よかった。君は薬の過剰摂取で、かなり心を病んでいたようです」
「わかっています。それよりここはどこですか?」
「ここは居場所のない子供からご年配の方々のための心の療養の病院です」
「どうして居場所がないとわかったんですか?」
「それは、君の眼を見ればわかります」
「眼?」
「はい。涙を枯らすほど泣きはらし、何かに怯えるその眼を見れば」
「私が怯えているのは…!」
「わかっています。ここが病院だと信じられませんよね」
「はい…」
「でも、大丈夫。この病院でリハビリをして退院した方は沢山居ます」
「そうなんですか?」
「はい。同じような悩みを持った彼らと話し打ち解け、
心の拠り所となる好きなものを見つけられれば退院できます」
その男性の、その医者の読み通り私はその病院でたくさんの仲間を持った。
そして、その仲間のご老人から高価なフィルムカメラを頂いた。
私はそのカメラで思い出のあの病室に救ってくれた医者と
数名の看護師、仲間を集めて集合写真を撮った。
退院後、私はオーバードーズから抜け出し
写真家の世界へと足を踏み入れた。
私は今、居場所のなかったあの街で自分しか撮れないものを探している。
暗いゲリラ豪雨のような心の日々は
この町と地続きしている目的地のように
いつまでも続くのだろうか?
もし、明日が来て雨が止んで晴れるなら
温かい陽の光で
私の奥底に眠るこの鉛は心の鉄分と化して
助けてくれると相違ない
そうなれば私は前に進める
そうなれば私は悪魔に立ち向かうことができる
私は祈り続ける
神様がいないとしても
まだ見ぬ明日は晴れることを