馬鹿げた気温の今日なら、「真実の愛」だなんて馬鹿げたことを言っても許されるらしいですよ。
またいつかなんて言わないで。
ずっとそばにいて。
離れないで。
行かないで。
いかないで。
君がいなくなって何度目かの春が過ぎた。
それでも僕は馬鹿の一つ覚えみたいに繰り返してる。
「いかないで。」
車を運転する横顔を見ていた。
そうしていたらいつの間にか着いた山奥で、もはや何座流星群だったのかすら覚えていないが、流れ星を必死に目で追っていたのは覚えている。
ただまあ、生憎の天気のせいかあまり見つけられはしなかったが。
流れ星の見れない流星群の夜を、ほんの1時間ぽっち君と過ごした。
今となってはどちらのか分からないが、漏れたため息が帰りの合図だった。
別に、普段星なんて見ない。
興味もない。
どことどこの星が結びついて何座になるだなんて話はどこが面白いのかまるで分からないし、小学生の頃に行ったプラネタリウムではまるっと1時間を睡眠に当てたような覚えがある。
たぶん、明日いきなり星の輝きがパッと消えてもそれに気がつくのは1年ほど後になるだろう。いや、1年後も気がついていない可能性だって大いにありうる。
それでも、この夜だけは。
この日の、君と過した夜だけは。
見えない星をいつまでも追いかけていたいと、神様に願った。
無神論者の僕が、見えない星を追いかけたいと神に願うだなんて都合のいい話だと後になって君は笑った。
確かに、その通りだ。
そう思って僕も笑った。
どこまでもどこまでもあの日の星を追いかけて、あの日の空をめざして、そうして登って行った僕の息は君とおんなじ、真っ白だった。
今を生きる
過去や未来に囚われず、現在この瞬間を大切にすること。
なんと素晴らしい言葉だろうか!
まさに人間のあるべき姿!正しくて、清くて、誠実で!
そしてなんて馬鹿らしい。
ちゃんちゃらおかしな言葉だ。
そんなの、無理に決まっているだろう。
例えば、大昔にどこかの誰かが言ったそうな。
「失敗は成功のもと」
この時点でこいつも過去の失敗に囚われている。
人は、失敗に囚われたやつの言葉を格言として胸に刻んでおきながら「今を生きろ」だなんて戯言を抜かすのだ。
いやはや、素晴らしい矛盾に拍手さえ送りたいくらいだね。
昨日の傷に涙して、明日の夢にしがみついて、そうして過去や未来に囚われて、囚われ続けて生きてきた私たちを馬鹿にしてるとしか思えない言葉だ。
ただ、こう生きられたら、とは思う。
過去にも未来にも囚われず、全神経を今に使って。
今起きてる事柄に全ての力を尽くして。
そうやれたら、そうやって生きることができたら。
きっと、私はもっと素直にこの言葉を受け入れられた。
でも、それは疲れてしまうだろう?
今起きてる事柄に全力で向き合ったら次起きる事柄が今起きてる事柄になった時、先程使った全力が復活するまで待たなきゃいけない。
私は君みたいにバカで素直で優しくて純粋で、そんな人間じゃない。
だから、もっと上手くやるさ。
過去にも未来にも片足突っ込んで、今をちょっとずつ削って。
器用なふりして、時々わざと失敗して、
「これも経験だ」なんてらしい言い訳して。
私は私なりのやり方で今を必死に生きようとしてんだ。
それが美しいと今はただ、そう思うんだ。
夏の雲が好きだ。
立体的で、まるで手を伸ばせば触れられそうな夏の雲が。
特に、公園のブランコに乗って、高く高く漕いで、そうして近くに見える夏の雲が大好きだった。
しかし、いくら手を伸ばしても雲に手が届くことは無いと知るには、私たちは子供すぎた。
だからかな。君は雲に手が届くと思ったんだろう?
そう思ったから、飛んでみたんだろう?
おかしな話だ。たとえ手が届いたとて、雲の間をすり抜けて落ちてしまうに決まってるのにな。
それでも、勇気を持って飛んだ、夢見がちで子供な君を、そこで時を止めてしまった君を!私は称えてやるとするよ。
大人の私は、夏の雲より煙草の煙をよく目にするようになったよ。
知ってるか?燻らせた煙草の煙はちゃんと手が届くんだ。夏の雲と違って。
安っぽくて、臭くて、汚れた煙だけど。
あと、あとは、あぁ、意外と、君に教えてやりたいことなんて無いな。
「飛べ。」
頭の中であの日の君の声がする。
うん、分かったよ。君に会いに行くよ。
だから、上手に雲に触れることが出来たら、すり抜けずに君に出会えたら。
君も私を、称えてくれよ。
時間だ。
私の中の私を報うために、あの日の夢を叶えるために、君に会うために!さあ!
飛べ。