朝 目が覚める。
台所に立つ。
私の朝食は一杯の甘酒と決まっている。
レンジでほんのりと温める。
目が覚めるような甘味が口に広がる。
脳が目覚めてゆく。
そして今日が4月1日であることを思い出す。
旦那に吐く嘘を考える。
当たり障りがないこと。
誰かを傷つけることがないこと。
いかにも本当らしく、信じてしまいそうな嘘。
優しくて、柔らかい、希望に満ちていて、
それでいて裏切られても傷つかない嘘。
私はそれを寝起きの頭で考える。
そうこうしている間に、旦那がやってくる。
私の後ろに立つ。
私はまだレンジの前で甘酒を飲んでいる。
毎年同じ嘘。
それを私は告げる。
今年も旦那は引っかかった。
毎年、毎年、旦那はこの嘘に引っかかる。
特別な嘘ではない嘘が、特別になる。
来年の朝もきっと 考えに考えて、
結局 同じ嘘をつくのだろう。
こんな日にも嘘の一つも吐かない旦那に、
私は一つ、心が一瞬ときめくような嘘を吐く。
お題:エイプリルフール
全ては青空の向こう側に
全ては水平線の向こう側に
全ては事象の地平面に
カナリアは征く
私は夜の空に
私は港に
私は形而下に
貴方がいつか綺麗な世界に倦んで
帰りくるのを待っている
カナリアの歌声は鼓膜に染みついたまま
お題:幸せに
背筋を伸ばす。
紅茶を口に運ぶ。
目はそっと伏せて、
緩やかに円く広がるミルクティーの波を数える。
砂糖抜き。
茶葉はとびきり多め。
ミルクもとびきり多く。
ゆっくりと体に沁みゆくのは、
濃いセイロンティーの香り。
柔らかくて丸いミルクの深い安らぎ。
そして、貴方の挑発的で見透かすような視線。
そっと、心にミルクの膜を張る。
紅茶の香りが、肩の力を奪ってゆく。
伏せた目を上げれば、私の心はもう夜霧の向こう。
私は私をそっと取り繕う。
恋心は、たっぷりのクロテッドクリームと共に
スコーンに掬って乗せて飲み込んで。
私は貴方と相対する。
全ては紅茶の香りと、触れ合う食器の音の
そのわずかな隙間に潜む夢の出来事に過ぎない。
私は今やっと 貴方に微笑みかけた。
お題:何気ないふり