柔らかい雨。
螺旋階段の踊り場で目を覚ましました。
眠っている間に雨はどれだけ降ったでしょうか。わたしは足音を鳴らして階段を降ります。朝の青い影が細い手すりについています。
わたしは階段に住んでいます。住んでいる建物が階段そのものでできています。わたしが二年前にこの塔に入りました。この塔はとても高く、天井知らずです。ぐるぐると昇ってきて、まだ終わりがありません。
昨日はいつにも増して雨が降ったようでした。
少し降りたところで階段は水に浸されていて、わたしが寝て起きた踊り場も、数時間後には冠水すると思われます。
この水はただの雨水ではありません。わたしを上へ上へと追いやる雨水は、二年前からずっと透き通っています。なにを落としても、だれが沈んでも。
わたしは螺旋階段の踊り場で睡眠を取り、踏み板に座って本を読み、ときどき現れる窓にもたれ、滅んだ世界を見て生きています。
雨は一日として止むことはありません。
塔にてっぺんはありません。
見上げると次の踊り場の窓から朝日が差し込んでいます。ここは一体どこなのでしょう。
外では小雨が降っています。
わたしは石の壁を撫でながら階段を上ります。窓の外を見てみます。太陽が水平線の向こうにいます。ここはどこなのでしょう?
きらきらと小さな雨粒が太陽に光って落ちていきます。
窓から身を乗り出して、飛び降りるつもりでわたしは下を見ました。
そこには、陸も海も底もなにもなく、ただただ、透明な水と石の塔の肌がはるかに続いているのでした。
一筋の光。
くそっ……ほかに打つ手はないのか! ほかに、魔道具研究部の廃部を阻止する方法は、ほかに――。
唇を噛み締めた、そのときだった。閉め忘れていた部室の扉からあの男の声が滑りこんできたのは。
「――お話は聞かせてもらいましたよ」
おまえは……!
哀愁漂う。
まずわたしがはじめに言いたいのは、わたしが地元に帰ったのは三年ぶりだったということ。
地元のイオンに久しぶりに行ってみて、知り合いと会うことを考えなかったかというと嘘になること。
でも、いくらなんでも、一番会いたくない人に、よりにもよって会ってしまうとは思わなかったこと。
元カノは昔わたしが置いていったパーカーを着て、イオンの野菜売り場でカートを押していた。
三年も前なのに。そのパーカー。わたしが置いていったものは、全部捨てていいって言ったのに。
彼シャツ、じゃないけど、そんな感じ。自分の服を着ている、カノジョを目撃! って、そんな気分。
目撃したところでなにかできるわけでもない。
元カノはわたしに気付くことなくシャインマスカットの並ぶショーケースを覗き込んでいる。
結局シャインマスカットを手に取れることなく、おつとめ品を目指すおばさまに押しやられて、日用品が置かれた陳列棚の向こうに流れて行く。
鏡の中の自分。姿見に似顔絵が貼られている。振り向いたときちょうどわたしの目線がくる位置に貼られている。だからわたしの顔みたいに見える。絵の下手な大人が書いたみたいな絵だった。首から下はわたしのままなのに、首から上は気味の悪い顔がついている。だれがこんないたずらをしたか分からない。わたしがこの部屋にくることを知っていた人に違いない。わたしはそんなに背が高くない。なのにぴったりわたしの目の位置にくる。そっと扉を開いて姿見に近寄る。似顔絵の描かれた紙に指で触れる。その紙をぺらりとめくってみる。