「うれしいこと三つ」
寝る前、ベッドに寝転んで手帳を開く。
毎年買っている手帳は、一日一ページ。
予定は壁掛けのカレンダーとデジタルカレンダーで管理しているから、この手帳は日記帳として使っている。
カチカチとボールペンを鳴らす。
小学生の頃から日記をつけているが、文字の大きさだけでなく、内容もだいぶ変化している。
「今日あった、うれしいことを三つ書いてごらん」
何を書いたらいいのかわからないと言った私に父はそうアドバイスしてくれた。
その「うれしいこと三つ」の内容も、年によって変化している。
いつの頃からか、感情を書き残しておくことが恥ずかしくなった。
ここ数年は、ただあったことだけ、事実のみを箇条書きしている。
それでも、書いていいのか迷うことがある。
誰にも見せることはないのに、日記帳にすら本当のことを知られてしまうのは、やはり恥ずかしいのかもしれない。
「日記とは別のノートに書いた方がいいのかなぁ」
ぱたん。
日記帳を閉じ、ベッドサイドテーブルに置いて呟く。
彼に対するこの感情や、あの子に感じる不快感とか、あの人に対する嫌悪感……
思ったことを、つらつらと書き綴って、自分の心を整理した方がいいのかもしれない。
記録として残すための文章ではなくて、言葉を吐き出すためのノート……
「一冊にまとめられれば、それが一番良いんだけど」
秋の虫の鳴き声を聞きながら、瞼を閉じる。
考えるのは、また明日。
おやすみ。明日も良いことを見つけられますように。
────私の日記帳
「真っ直ぐに見つめる君に」
君は昔から話すときに相手の目を真っ直ぐに見つめる。
いつの頃からだろう。
君と視線を合わせることが恥ずかしくて堪らなくなったのは。
その感情がどういうものであるのか、わかっているけど、まだわからないふりをしたい。
離れたくない気持ちは段々と大きくなっていく。
ただの意気地なしだ。
君と向かい合う覚悟が、まだ出来ていない。
それなのに、君の一番近い場所は誰にも譲りたくない。
だから、膝がつくくらいの距離で隣に座っている。
「内緒話しているみたい」
くすくすと笑う君の声が耳をくすぐる。
いつかまた向かい合って座ることができたら、そのときは大事な話をしよう。
その頃には、ちゃんと自分の気持ちを認めるから。
────向かい合わせ
「君に伝えないことの罪」
こんな時、どう声をかけたら良いのかわからない。
君の恋をずっと見守っていた。
どんな時も彼だけを見つめて、信じる君の表情すべてを、焼き付けるように、刻みつけるように。
もう永遠に彼に想いを告げることはできない。
言葉を交わすことさえも。
本当は知っていたんだ。
彼が君のことをどう思っていたのか。
今それを君に伝えたら、君は彼のことを永遠に想い続けてしまう気がする。
叶わない恋だとわかっている。
君が彼への想いを断ち切ったとしても、君は僕の想いを受け入れることはないだろう。
罪の意識は永遠に残る。
いつか君が彼への想いを断ち切る時が来たとしても。
絶対に言えない秘密を抱えて、彼のことを想い、涙を流す君を見つめ続ける。
────やるせない気持ち
「なぜ夏に海に行くのか。それが問題だ」
「なぁ、なんで漫画とかの学園モノの物語って、夏に海行くんだろう。しかも絶対男女混合で行くだろ。ありえなくね?」
八月下旬。
二学期が始まった途端にフェーン現象により、最高気温三十六度になった日の放課後。
小学校からの腐れ縁である俺たち三人は、コンビニで買ったアイスを食べながら住宅地をダラダラと歩いている。
「夏といったら海だから……?」
「日本に海無し県がどれくらいあると思ってるんだよ。おかしいだろ」
「四十七都道府県のうち八県だけだろ。他は海あるんだから、海に行くのは自然な発想、自然な流れなんじゃねーの」
「海、暑いだろーが。夏行くなら高原だろーが。上高地とか志賀高原とか!」
「高原だと『水着回』にならないからだろ。ほら、『水着回』は入れておかないとさ、読書が離れていくんだよ。サービスだよ、サービス」
「そんなメタな理由嫌だ」
クーリッシュを揉みながら言い出しっぺの悪友が呟く。
「ほんっとうに海が良いもんなのか、行ってみねぇ?」
「は?」
「もう夏休み終わってるだろ」
「俺の夏は終わってねぇ!行く!行くったら行く!もちろん、女子を誘って」
「いいねー!俺たちの夏はこれからだああ!」
「誰が女子を誘うんだ?」
俺の投げかけた疑問に視線を彷徨わせてから期待に満ちた目で俺を見る二人。
「俺は嫌だからな」
「そこをなんとか!」
「俺たちを海に連れてって!」
「お前ら二人で行け!」
────海へ
「彼が教えてくれたこと」
彼と出会って知ったこと、わかったことは、いくつかある。
彼の言葉は、妙な表情と共にあって、それが私を困惑させていた。
言葉の裏とか、好きの裏返しとか、私はそういうのがわからなかったから。
嫌われているのだと本気で思っていたし、だったら近寄らないようにしようと努めていた。
それなのに、彼の方から関わってくるものだから、ますます私は困惑した。
告白されたときの衝撃といったら……
思わずお断りしてしまったけれど、それ以降は人が変わったように好意を示してくるようになり────
そして今、洗濯物を裏返して洗うか表のまま洗うかで口論になっている。
同棲初日からこれで、これから大丈夫なのだろうか不安だ、とメッセージアプリで友達に送ったところ『あなたたちなら大丈夫でしょ』とだけ返ってきた。
────裏返し