小絲さなこ

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8/16/2024, 2:42:45 PM

「私は彼らに何を返せるだろうか。それをずっと考えている」



一番楽しい年齢と言われている頃、彼らのライブに行き始めた。
一番、悲しいことがあった夜にも彼らの曲があったから耐えられたのだと思っている。

眠れない夜も、明けないでほしいと願った夜も。
笑って、泣いて、もう一度笑って。

励まされた、なんて一言では言い表せない。
彼らの音楽と出会わなかったら、今私は生きていないかもしれない。
そう思うくらいには、私には必要なもの。
例えるならそれは、栄養素のようなもの。
問題は追いかけるのには、お金がちょっとかかること。


「ライブと仕事どっちが大切なの」

もしもそう訊かれたら、間違いなくこう答える。

「ライブ行くために働いてますが何か」


ライブに行くために働いて、お金を貯める。
有給は勿論、ライブのために使う。
別に彼らとどうこうなりたいわけではないのに、なぜかライブ前には美容院に行くし、新しい服も買ってしまう。
遠征先でご当地グルメを堪能することも楽しみのひとつだ。

ライブは楽しいだけではなく、すべてリセットされるのだ。
だから何度も何度も行く。
今の私には必要なもの。
私が、ただ私であるために。


たくさんのものをくれる彼らに何を返せるだろうか。
それをずっと考えている。

彼らのファンとして恥ずかしくないように生きたい。
胸を張って、ライブに行く。そのために。


────誇らしさ


8/15/2024, 2:25:18 PM

「月明かり 夜の砂浜 誘う君」



「夜の海って、なんかよくね?」
「そうかなぁ。私は怖いけど」
「えー。もっと近くに行こうよ」
「だめだめ。絶対行かないから」

臨海学校の最後の夜は、ビーチが見える場所でのバーベキュー。
「危ないから夜の海には絶対入らないように!」と言われているし、そもそも私は海がそれほど好きではないのだ。

波はあまりにも強引で、どこか別の世界へ連れて行かれそうで……


「そんなこと言うなって」
私の手を引いて海の方へ行こうとする幼馴染。

「嫌だってば!」
「……そんな嫌かよ」

不機嫌さを隠そうともせず、への字に口を結んでいる。
いや、不機嫌になりたいのはこっちだよ。

旅行初日からの言動のおかしさを指摘してやると、彼は頭を抱えだした。

「マジか……」
「ほんと、どうしたの」
「いや、だって……俺ら、付き合って、もう一カ月じゃんか」
「うん。それが?」
「だ、だから、そろそろいいかなーあ、なんて……」
「だから、なにが?」
「な、なにがって、その……」
「……」
「……な、なんでもねーよ!」

勢いよく顔を逸らしてるけど、薄暗いなかでもわかるほど真っ赤なのがわかる。

キスしたいなら、はっきりそう言えばいいのに。



────夜の海

8/14/2024, 3:53:25 PM


「夏休み終わる間際の現実逃避」


「だからさぁ、チャリ通って青春って感じで憧れるわけよ」
「いや、わからん」
「夕暮れのなか、女子を後ろに乗せて……」
「いつの時代の漫画とかアニメだよ」
「自転車の二人乗りは禁止だぞ」
「そこをなんとか!」
「なんともならん!」


夏休み終了間近。
昼下がりのファミレス。
ダラダラと近況報告したり、どうでもいい話をしている、かつての仲良し四人組。
進学した高校は各自バラバラだ。

「そういうもんかね」
「バイク禁止なのは、わかる。だけど自転車通学も禁止って、ありえなくね?」
「そりゃ、お前の学校、あの立地なら仕方ねぇだろ」
「あー、郊外どころかほぼ山だからな」
「でも、バス通はバス通なりに良いことあるだろ。ほら、毎朝あのバス停で降りるあの子は私立のお嬢様学校の……みたいな」
「スクールバスだから他校生乗ってねーよ」

いや、朝のスクールバスで、ちょっといいなぁと思う子はいるんだ。うん……
ただ、その子、いつも男と一緒にいるんだよな。
妙に距離近いし、あれ絶対彼氏だろ……

こんなこと、こいつらには言えないし。


あぁ、明後日から学校か……。


────自転車に乗って

8/13/2024, 3:25:59 PM

「『恋はストレス』だと友人が言った。」



もうこの恋は、やめてしまおう。
そう思っても、貴方は放してくれないのでしょう。

好きになったのは、貴方の方が先だったのに、いつの間にか、私の方の想いが大きくなってしまったみたい。

期待なんかしてなかったのに。
想像以上のことをしてくれる貴方に絆された結果がこれだ。

だから、簡単に心を許さなかったというのに。

私を鳥籠に入れた貴方は、鍵をかけて出かけてしまう。しかも何日も。

「恋はストレス」だと友人が言った。
その時には「どんな好きな人でも、ずっと一緒にいると息が詰まるってことかな」などと考えていたけれど、そうではなかったのだ。



────心の健康

8/12/2024, 1:54:18 PM

「海を超えて」



『故郷のイントネーションが抜けないその君の話し方は、まるで小鳥が歌うようだね』

彼はそう言って目を細めた。

どんなに努力しても外国語は完璧に身につかないと思い知らされる一言。
だが、それが口説き文句だということを知ったのは、夢を諦めて故郷へ帰ったあとだった。


『君の生まれた町を見てみたいと思ったんだ』

突然の来訪。驚くほど少ない荷物。
あぁ、そうだ。彼はこういう人だった。

『もう一度、チャレンジしないか』
『もうあの夢は終わったの。今は別のことをしてるし、それにやりがいを感じてるから』

それになにより、離れて気付いてしまったのだ。
なんだかんだで、私はこの町が好きなのだということに。
この町で、ここで出来ることのなかでの最大のことをしてみよう。
そう思えるまでに、やっと気持ちが落ち着いてきたのだ。

だから、彼のその先の言葉は聞きたくなかったのに。


────君の奏でる音楽

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