「図太くなってよ」
遮光カーテンはまるで天の岩戸。
暗くした部屋で、蹲ったままの貴方を照らせるなら「君は太陽のようだ」と言われるのも悪くない。
でも、私は太陽にはなりたくないの。
私を貴方の世界の中心にしないでほしい。
貴方の世界では、貴方が太陽。
もっと自分を軸にして考えてほしい。
「君が眩しくて辛い」
そう言われた方が辛くなるってこと、わかってるのかな。
私の世界では私が太陽。
そして、月も地球も、名もなき星も全て私。
貴方もそれくらい言えるようになってくれたらいいのに。
でも、そうならない、なれない貴方が愛しかったりもする。
本当に私たち正反対だね。
幼馴染じゃなかったら、仲良くなれなかったかもしれない。
まだ外に出たくないなら、無理に出なくてもいい。
貴方の世界で貴方が太陽になるまでは、私が側にいるから。
それまでは、私が貴方の太陽の代わりになってあげてもいいよ。
────太陽
「午後三時。門前町。古民家カフェ。」
日中、毎正時に聞こえてくるのだと、あの人は言っていた。
三つ鳴らしたあとに、時刻と同数の鐘の音。
あの人の軌跡を辿る旅は、ここから始めることにした。
もう二度と会うことができない。
もっと、教わりたいことがあったのに。
この先もずっと、見守っていてほしかったのに。
それよりもなによりも、あの人自身もやりたかったこと、やり残したことがあったのに。
寺を中心に発展した町。
あの人が生まれ育った町の、路地裏を歩く。
古い建物を改修や改築したカフェや本屋、雑貨屋があちこちにある。
「リノベーションか……」
鐘の音が聞こえてきた。
午後三時。
目についたカフェに入り、ノートを開く。
あの人が残したもの。
それらはもしかしたら、あの人が俺に出した最後の課題なのかもしれない。
────鐘の音
「君の話は、聞きたくて聞きたくなくて」
「君の話は、つまらん」
「もっと実りのあることを言えないのか、君は」
「その話、僕に何か関係ある?」
元カレに言われた台詞の一部抜粋である。
こんなことを言われては、話す気力が無くなってしまうのも、好きだという気持ちが綺麗さっぱり無くなってしまうのも仕方ないと思う。
「ひでーな、そいつ」
幼馴染は、そう言ってビールを飲み干した。
高校卒業してからすっかり疎遠になってしまっていた私たち。
数年ぶりに会ったはずなのに、それを感じさせないのは、幼い頃に一緒にいたからなのだろうか。
「俺だったら、好きな子の話ならどんな話でも聞きたいと思うけどな。つーか、好きな子の話って、全然つまんなくねーし」
そう言いながら、何か追加で注文するものあるか、とタッチパネルを操作していく。
なんだか不思議だ。
こいつと、こうやってお酒を飲んでいるなんて。
さっきからペースが早いけど、普段からこんな感じなのかな。
「そっか……男女の違いなのかと思ってた」
「他の男はどうだか知らないけどな。あくまでも俺の考え……まぁでも、好きな子の元カレの話は、正直あんま聞きたくねーけど」
────つまらないことでも
「昨夜のことは、すべて私のせいだから」
夜が明けるまでに、この部屋を出ていかなくてはならない。
昨夜の出来事が夢だったと貴方に思わせるために。
あの夢のような時間は、夢でいい。
貴方と私は「そういう関係」には、なれないのだから。
すうすう……規則正しい寝息をたてている貴方。
そっとベッドから降りる。
手早く身支度して、昨晩の痕跡をひとつひとつ消していく。
消せないのは、私の記憶だけでいい。
ずっと、ずっと好きだったから、昨晩のことは夢だったことにしたい。
これからも、この関係を維持するために。
貴方が罪悪感を抱かないために。
貴方はまだ夢のなか。
そのままずっと、夢を見ていて。
そうすれば、私もずっと夢を見ていられるのだから。
────目が覚めるまでに
「自堕落な入院生活」
動けないわけではないけど、動く気持ちになれない。
スマートフォンの持ち込みや使用は禁止されていないけど、触る気力も起きない。
昼間は検査と食事以外は寝て過ごしているから、消灯時間である二十一時に眠れるわけがない。
個室ではないのに、まるでひとり部屋にいるかのようだ。
静かな六人部屋に響く空調の音は、余計なものを連れてきてしまう。
手術した箇所を気にしつつ、布団を被る。
こっそりとイヤフォンをつけて聴く、ラジオの深夜番組。
いつもの声に安堵すると同時に、いつもとどこか違うようにも聞こえ、不思議な気持ちになった。
眠りにつくのは明け方。
入院しているのに、昼夜逆転している。
昼間は平気なのに、夜になると襲いかかってくるそれのせい。
────病室