「もう少し待って」
デジタル時計しか持っていないから、冷房も暖房もつけていない時期に部屋に響くのはひとり暮らしサイズの冷蔵庫の稼働する音。
時々、大通りの方からバイクが暴走する音が聞こえてくるくらい。
静かな空間は、苦手だ。
ひとりでいると、本当の願いや想い、心の声というものが聞こえてしまいそうで。
静かな空間は、苦手だ。
ふたりでいるとき、鼓動のはやさと激しさが聞こえてしまいそうで。
あともう少しだけ、自分にも君にも嘘をついていたい。
まだ、本当のことを認めてしまうのは怖い。
君への感情も。
────耳を澄ますと
「秘密じゃなくなるとき」
まだ、友達の誰にも知らせていない。
ただの幼馴染ではない関係になったこと。
まだ、お互いの家族すら知らない。
既に手を繋ぐ以上のことをしていること。
なんとなく恥ずかしいからと、誰にも言わずに半年。
ふたりの関係を隠すことは、なんだかイケナイことをしているみたいで、それはそれで悪くない。
だけど、このままずっと隠したままで本当にいいのかと思うようになってきた。
「ちゃんとした付き合いをしてるって、言っていいか?」
「んー、別にわざわざ言わなくてもいいでしょ」
面倒そうに言う君。
いや、たしかにめんどくさいけどさ。
「そうは言ってもなぁ……」
「ていうか、もうバレてるような気もする」
「マジかよ!早く言えよ、そういうことは!」
「えー……」
「なんつーか、将来的なこともあるし。真面目に、ちゃんと付き合ってるって、言いたいんだよ」
「…………」
「…………」
「……えっと……」
やべぇ、しくじったか?
「そ、そう……それなら、いいんじゃない?言っても……」
そう言って、君は顔を背けた。
そんな赤面するようなこと、俺言ったかなぁ……
────二人だけの秘密
「なによりも辛い罰」
「あなたになら、ひどいことをされてもいいの」
だって、私はあなたを傷つけてしまったから。
赦してほしいなんて言うつもりはない。本来なら赦されないことをしたのだから。
だから、私のことを煮るなり焼くなり好きにしていい。
覚悟を決めた私の言葉。
一瞬、困ったように眉を下げたあなたは優しく微笑む。
そんな風に笑わないで。
無かったことにしないで。
────優しくしないで
「貴女を奪えたらどんなに」
灰色だった僕の世界を、貴女は色鮮やかなものに変えた。
貴女は僕の頭を撫でる。
まるで、年の離れた弟にするかのように。
まったく異性扱いされていないことはわかっている。
貴女に触れられることが嬉しい自分が悔しい。
貴女の笑顔はいつも眩しくて、春の花のように鮮やかで、思わず瞼を閉じてしまう。
貴女が嬉しそうにあの人のことを話すたび、僕の心には血のような赤黒いものが広がっていく。
嫌になるほど真っ青で澄んだ空を見上げる。
貴女が生涯を誓った人。
どんな人なのか、知りたいけど、知りたくない。
惚気話を聞きながら、どうやったら貴女を奪えるのかを考えている。最低だ。
奪う勇気も度胸も力もないくせに。
────カラフル
「鍵がかかってない檻」
「楽園って、鍵がかけられていない檻みたいね」
君はそう言って、肩にかかる髪を払った。
楽しいことしかない世界。
最高じゃねえか。
「そう?私は怖いけど」
毎日毎日楽しいことばかり。
それに慣れてしまったら、そのうち楽しいことが楽しくなくなってしまいそうで怖い。
外の世界は楽しいことはほんの少し。
楽しいことに慣れてしまったら、もう外に出る気にはならないのではないか。
真面目な君らしい考え方だ。
「なるほど……」
それは、いいかもしれない。
楽園が、鍵がかけられていない檻だというのなら、君を楽園に連れて行きたい。
そうしたら君をそこにいつまでも閉じ込めておけるから。
────楽園