「雪国の小京都」
端にほんの少し雪が残る住宅街から出発し、りんご畑を抜けて進んでいく。
ゆったりと千曲川沿いを走る。
トンネルを抜けるたびに雪の量が増えていく。
ふと気がつくと、窓に白い粒が当たっていた。
その大きさと激しさに、日本有数の豪雪地域──特別豪雪地域に指定されているのだと、改めて思う。
単線非電化のローカル線。
降り立った駅は無人。
母が生まれ育った町。
顔も覚えていないその人の足跡を辿る。
もしかしたら、一緒に見ていたかもしれない景色。
白い。
どこまでも白くて、目を閉じる。
────列車に乗って
「月が綺麗ですね」
君は高速バスを使う。
少しでも交通費を抑えて、会う回数を増やしたいから。
駅前のバスターミナルまで徒歩四十分。
ゆっくりと女鳥羽川沿いを歩く。
絡めるように繋いだ手を離すタイミングを迷う。
君と離れて暮らしてから初めて知った。
自分が心配症で嫉妬深いこと。
あと何年何ヶ月。
何度も二人で数えてる。
稜線の向こうにある、二人が育った街へと君は帰っていく。
この先にあるものを、二人で掴むって決めたから、どんなに辛くても頑張れるんだよ。
ひとりきりの部屋。
見上げる月。
君も見ていると信じて送るメッセージ。
────遠くの街へ
「ボーダーライン」
まるで蜘蛛の巣に捉われた蝶のよう。
手首を掴まれ、壁に押しつけられている私。
目の前にいる幼馴染の、熱を帯びた瞳から目を逸らす。
今ここで、こいつと唇を重ねてしまったら、たぶんもう幼馴染という関係には、二度と戻れない。
「……こっち向けよ」
手首を掴んでいた片方の手が外されたかと思うと、その手で前を向かされる。
抵抗できない力で。だけど、優しく。
覚悟は、あるの?
もしうまくいかなかったら、きっとそのあと周囲も巻き込んで気まずくなるよ?
そりゃ、小さい頃「おおきくなったら、けっこんしようね」と約束したけど……
「俺だけを見て」
射抜かれて、動けない。
どうしよう。
息って、どのタイミングで止めたらいいの?
もう、目を閉じた方がいい?
お父さんとお母さん、なんて言うかなぁ……
隣に住む、ひとつ年下の男の子と、こんなこと……
そういえば、なんで、こんなことになってるんだっけ?
絡まる記憶の糸を解けないまま、距離は縮まっていく。
睫毛長いなぁ……
────現実逃避
「living」
永遠のものなどないと、君はいつも言っていた。
楽しい時間も、綺麗なものも、永遠ではない。
そのかわり、苦しいことも、辛いことも、ずっと続くものではないって。
それは、救いであり、不安でもある。
だから信じるために誓うのだと、君は笑った。
ゆれる炎。
薪ストーブとソファは魅惑と誘惑の組み合わせ。
猫のように微睡む君。
これからもずっと、こんな風に君を隣で見ていたい。
君は今、夢の中。
その夢の中でさえ隣にいたいと言ったら、君はきっと呆れながらも「当たり前でしょ」と言うんだろう。
永遠などないと、俺たちは知っている。
それでも、信じたい。
だから誓った。
今も、これからも、きっと生まれ変わっても。
君が今、ここにいることを確かめたくなって、手を伸ばす。
これからも、ずっと隣で、同じ気持ちでいてくれるって、信じてる。
────君は今
「降水確率30%」
いっそ降ってしまえばいいのに。
持ってきた長傘の出番がないまま、交差点が近づいてくる。
今度会える約束なんて、ない。
いっそ振ってくれればいいのに。
はっきりと言わない貴方。
はっきりと言わないのは私も同じ。
狡さを比べる。
認めたくなくて。
いつだって前向きでいたくて。
「じゃあ、またね」
もう会わないという決意は、私の中でだけ。
振り返らない。
雨音は拍手。
赤い長傘に零れ落ちるものを隠す役を与えて歩き出す。
────物憂げな空