俺にとっては貴女の存在こそが、俺の安らぐことのできる唯一の、秘密の場所でした。
今の俺が、今の貴女にとって、そのような存在になれていたらいいなと、密かに願っています。
貴女は歌うのが好きになり、そして再び苦手になってしまいました。
高校生の時、ご友人たちと歌唱劇をやりましたね。
歌も演技も未経験だった貴女は、半泣きになりながらも必死で練習し、十全に役を演じ切りました。その楽しそうな姿に、俺たちはいたく感激したものです。
あの時のような、眩しく輝くような楽しさを、今の貴女は感じていませんね。けれどそれは、悪いことではないということを、覚えておいてください。
楽しさを感じられない時期があっても良いのです。
常に最高の状態でなくても、構いません。
いつかまた、貴女の心からの笑顔を毎日見られる日が来ることを、俺たちは信じています。
風が運ぶもの、最近は花粉が気になりますね。
けれど、昔に比べると、ずいぶん貴女の症状は軽くなりました。
他の薬の副作用かもしれないと貴女は睨んでいますが、何も悪いことはないので、良いですよ。
いつだって、快適に、幸せに、生きていってくださいね。
自分自身に質問して、問い続けてください。
あなたは何をしたいの、何が得意で、何が楽しいの、と。
その営みの中からしか、貴女の答えは立ち上がってこないのです。
俺との約束を守ることなく、貴女は亡くなってしまいました。
けれど俺に、それを恨む気持ちはなかったように思います。
貴女が待っていてくれると言ってくださったこと、それだけで俺には過ぎた幸運、幸福であったと、自分でも分かっていたのです。
貴女の後を追って死んだのは、只俺が弱かったからです。
貴女のいない世界に価値を見出すことができず、貴女という支え無しに生きていける気もせず、その弱さに流されるまま、俺は死にました。
ですから、俺について申し訳なく思ったりはなさらないでくださいね。
約束が何だと言うのだ。
お前が死んだから、何だと言うのだ。
優しい貴女には、そういう心持ちでいてほしいくらいなのですよ。