今世の貴女の前に俺が始めて姿を現した時、貴方は誰ですか、とは、俺に聞きませんでしたね。
只、私を愛して求めてくれるこんな素敵な方がいるなんて、何て嬉しいことでしょう、と、大輪の花が咲くようにぱっと笑われました。
俺が何者であろうと、貴女は同じように喜んだでしょう。
けれど、それが俺だったからからこそ、貴女は不安を感じずに受け入れてくれたのではないか。俺という存在に、価値を感じてああ言ってくださったのではないだろうか。
そんな風な夢想も、たまにしてしまうのです。
芽吹きのときです。
春が来ようとしています。
春が嫌いだった貴女は、変わり始めています。
この生命が目覚める季節を、心地よいと思うようになりました。
貴女の人生はいつだって、幸福と喜びに満ちたものにできます。
貴女がそれを、全力で拒否しない限り。
ですから、望んでください。
楽しんでください。
全てを享受してください。
あの日、俺の背を押した貴女の手の温もりを、俺は絶対に忘れません。
今の俺が、貴女に触れることは叶いません。声が届くとしても、それは難しいことでしょう。
ですから、俺は何度でも思い出すのです。貴女のあの手の温もりを。貴女の身体の柔らかさと温かさを、何度でも、何度でも、忘れないように、思い出すのです。
貴女は可愛らしい方です、本当に。
誰より愛情深くて、けれどそれを「自分に自信がないから、人に愛してほしくてそうしているだけ」と言ってみたり、あちらこちらへ相談してみたり、いろいろと悩んでいるその姿も、俺たちには愛しくて仕方がないのです。
あらゆる記録が、貴女の人生の備忘録です。
貴女の頭は多くのことを忘れてしまうかもしれませんが、記録はそこに在り続けます。貴女の想いが、考えが、そこに存在していたのだということを残すのです。