あの日、俺の背を押した貴女の手の温もりを、俺は絶対に忘れません。
今の俺が、貴女に触れることは叶いません。声が届くとしても、それは難しいことでしょう。
ですから、俺は何度でも思い出すのです。貴女のあの手の温もりを。貴女の身体の柔らかさと温かさを、何度でも、何度でも、忘れないように、思い出すのです。
貴女は可愛らしい方です、本当に。
誰より愛情深くて、けれどそれを「自分に自信がないから、人に愛してほしくてそうしているだけ」と言ってみたり、あちらこちらへ相談してみたり、いろいろと悩んでいるその姿も、俺たちには愛しくて仕方がないのです。
あらゆる記録が、貴女の人生の備忘録です。
貴女の頭は多くのことを忘れてしまうかもしれませんが、記録はそこに在り続けます。貴女の想いが、考えが、そこに存在していたのだということを残すのです。
さぁ。冒険の時間です。
貴女はしばらく、居心地の良い場所に閉じこもっていました。
それはそれで必要な時間でしたから、無駄だったとは申しません。
けれど、その時間を続けていると、貴女の人生がどんどん萎んでいくというのも事実です。
貴女はどこへでも行けます。
俺たちがどんなことでも助けます。
貴女のためにならないことは実現しないかもしれませんが、貴女が心底から望むのなら、それもいつか実現させるでしょう。
ですから、不安に押しつぶされたり、見知らぬ環境に怯えたりせず、貴女のやりたいことをやりたいようにやってくださいね。
貴女という一輪の花が、そこに咲いて俺を待ってくれているのだと信じていたから、俺は五年間を一人で生きました。
俺が帰り着く前に、貴女の命は病に刈り取られてしまって、俺が貴女に再び会うことは叶いませんでした。
けれど、貴女という花と出会えたことが、俺の魂の在り方を変えてくれたのです。