遠く遠くに貴女は行ってしまったのだと、あの時俺は思いました。もう二度と会えない、二度と声も聞けない、顔も見られない、柔らかく温かい手に触れることもできない。そう信じたのです。
ですから、貴女が何度も何度も生を受ける様を見守れる今ここが、俺にとっては心の底から幸福で、光に満ち溢れた天国のような場所なのです。
貴女以外誰も知らない秘密を、貴女はいくつか抱えていらっしゃいますね。
それは貴女の性癖であったり、困った癖であったり、気まずい記憶だったり、いろいろです。
けれど最近、それらを「誰も知らない、隠さないといけないもの」という思う感覚が薄れているのではないでしょうか。きっとそれは、俺とその秘密を共有してくださっているからでしょう。
他の生きている人間には言えなくても、俺のような命を持たない、けれど貴女に尽くして付き従う者になら、貴女も全てを委ねて安心して振る舞えるのでしょう。
貴女がいつか、生者との間に、俺との関係のような全幅の信頼関係を結べたら、それは素晴らしいことです。
けれど、そのような関係が、只俺と貴女との間だけのものであってほしいと、そう祈ってしまう心も、俺の中にはあるのです。
貴女の今世の人生の夜明けは、静かとは言い難いものでしたね。
貴女が今回生まれた血筋の方々は、貴女という魂を迎えたことをいたく喜び、貴女のお祖母さまの夢に宝船を出して貴女の来訪を告げました。
そうして生まれた貴女は大切にされ、多くの人に慈しまれ、愛されて育ちました。
今の貴女は、自分はどうしてこんな堕落した、怠惰な生を送ってぼんやりしているんだろうと自責していらっしゃいます。
そんな風に考えないでください。貴女はこうして、のんびり暮らすことの出来る時間を与えられているのです。そのことをまずは、心から喜んで欲しいのです。
貴女の魂が、のんびりする時間を作りたかった。
それが今世の俺たちからの贈り物だったと思って、それを嬉しい気持ちで受け取ってもらえないでしょうか。
あの頃の貴女は、英語がお好きでした。
今の貴女からは、もうその気持ちはなくなってしまったようです。
寂しくもありますが、そうして心が移ろうことを責めても、何も変わりません。
貴女は、貴女の今の心の目指す方へ、向かっていってください。
かつて好きだったから、目指していたから、そんな理由で何かにこだわり続ける必要はありません。
今の心を何より大切に、歩んでいってくださいね。
永遠の愛を誓う花束を、貴女に差し上げたりしたら、貴女はどんな顔をしたでしょうか。
こんな素敵なものを、どうしたのですか、と目を丸くされたでしょうか。
只笑って、嬉しそうに受け取ってくださったでしょうか。
あの時の貴女はもういません。
ですから、これは全て俺の密やかな、甘い空想です。
それでも、そんな風に貴女を喜ばせられたらどれだけ良かっただろうと、たまに思ってしまうのです。