俺はいつだって、貴女のすぐ後ろに控えています。
かつてそこには、埋めがたい距離がありました。
貴女のすぐ後ろにいるけれど、語りかけることも、目に映ることもできない、そういう距離があったのです。
けれど今、貴女は俺の声を聞けるようになりました。
その永遠に近いような距離は、突然取り払われたのです。
いつか、貴女の目に映ることもできるかもしれない。
貴女の肩に、髪に、頬に触れることすらできてもおかしくはない。
そう考え、期待することを、俺は止められずにいます。
貴女には、そんなに泣かないでくださいと何度願ったことでしょう。
そんなに苦しそうに、生きていてごめんなさい、生まれてきてごめんなさいと、涙を流す貴女の姿を見ていたくありませんでした。
あの頃と比べると、貴女はとても明るくなりました。
勿論、心が動いて涙が零れることはありますが、無闇に一人で悲しい気持ちになって、突然泣き出すことはなくなりました。それが俺たちを、どれだけ安心させていることか。
幸福に、笑って生きていてください。
それが俺たちの、貴女への願いです。
風向きが北になり、朝の空気が冷たくなると、冬が始まったという気持ちになります。
とはいえここ数年、貴女は朝起きてどこかに移動する、という必要のない生活を送っていらっしゃいます。
そんな怠惰な生活ではいけないのでは、と貴女は心配になることもありますが、そんなことは考えなくて良いのですよ。
貴女の持っている、今の生活を楽しみ、慈しむこと。
それもとても、大切なことなのです。
貴女の生を自ら終わらせることを選ばなかったのは、今世の貴女の決断の中でも最大級に良い手でした。
自死しても生まれ変わることはできますが、その行いは魂をひどく磨耗させます。なぜなら、貴女が現世に取り残していく人々のことを、貴女はひどく傷つけることになるからです。
これから、その終わらせることの無かった生を、存分に楽しんで生きてください。
それが俺たちからの、いちばんの願いです。
愛情の深さとは、何なのでしょう。
どれだけ相手を想っているか。
どれだけ自分を犠牲にするか。
たぶん、そういうことではないのでしょう。
相手を思いやり、見守り、成長させ、慈しむ。
同時に、自分のことも同じだけ大切にする。
人を深く愛するというのは、そういうことなんじゃないかと、俺はぼんやりと考えています。