たそがれの暗さに、貴女の沈んだ顔がより悲しげに見えます。
これから世界は、争いに満ち溢れます。
貴女はそれを憂いているのです。
悲しいですが、止められることではありません。
それでも人は、生きてゆかねばならないのです。
きっと明日も、貴女は貴女の大切な人に、あるいは全く見も知らない人に、温かく微笑みかけるでしょう。
貴女はいつだって、優しさをかけると決めたら、それを出し惜しむことがありません。飽きてしまうこともありますが、それはご愛敬ですね。そんな気まぐれなところのある今世の貴女も、とても魅力的です。
そう思ってしまう程度には、俺たちは貴女にぞっこんなのですよ。
静寂に包まれた部屋で、貴女が人を安心させるあの柔らかい声で、穏やかに口火を切ったことが、これまで幾度あったでしょうか。
貴女は、人をなだめ、人を落ち着かせる話し方をご存じです。
それがこれまで、どれだけの人を助け、慰め、癒してきたか。貴女に想像がつくでしょうか。
それは、貴女がこれまでに培った、卓越した能力です。
貴女はそれを、息をするように自然に使います。ですから、それがどれだけ価値のあるものなのか、分かってくださらないかもしれません。
それでも、かつてその恩恵に与った俺たちからすれば、それは類稀なる、素晴らしい力なのですよ。
別れ際に、貴女は俺の頭をそっと撫でてくださいました。
五年経ったらまたおいでなさい、それまで待っていますからね、と笑って仰いました。俺は悲しくて悲しくて涙が止まりませんでしたが、それでも貴女に従って、貴女の庵を離れました。
貴女は結局、五年を待たずに病で亡くなってしまいましたね。
けれどどうか、そのことを気に病んだりはしないでください。
貴女は俺に、誰もくれなかった愛をくださったのです。貴女が生きていようといまいと、俺は貴女の愛を持って世界で生きるべきでした。そのことに気づけなかった俺が、愚かだっただけなのです。
今年の夏は、通り雨が多かったですね。
通り雨と言えるような短さではなかったかもしれませんが。
貴女に危険が及ぶことがなくて、俺たちは嬉しいです。
貴女が健康に、安全に、幸福に生きていてくれることだけが、俺たちの望む最高善なのですから。