あの時の貴女も、今の貴女と同様、進んで香水をつけるような方ではありませんでした。着るものもあまり頓着せず、化粧のようなことなど以ての外、という様子でした。
けれど、こんなことを言うのは憚られますが、あの時の貴女からは本当に芳しい香りがしたのです。女ならば何でも、という気分でいた俺は、その香りと貴女の肌の柔さにすっかり夢中になってしまいました。花とも果物とも違う、けれどどこか甘いような、そして懐かしくとても落ち着くような、そんな香りでした。
今、貴女にあんな狼藉を働くわけにはいきません。
それでも、時折それを夢想してしまいます。あの時のように、貴女をこの腕の中に閉じ込めて、貴女の柔らかい肩口に顔を埋め、今の貴女の匂いを胸一杯に味わいたいのです。
そんな不埒な妄想にふける俺を、貴女は許してくださるでしょうか。
言葉がいらないなどというのは、間違いです。
貴女は確かに、あの時の俺のことを行動で諭してくださいました。けれど、それが分からない…通じない人間も、たくさんいるのです。
ですから、全てを行動で示そうなどと考えないでください。
言葉で表し、行動にも移し、できるだけたくさんの方法で、貴女の意志を人に、社会に、世界に示してください。
俺が貴女の庵に押し入ったことが、俺と貴女との物語の始まりでした。
貴女はもしかしたら、そのことを「突然の来訪」とでも表現するかもしれませんね。茶目っ気たっぷりの貴女の顔が想像できて、微笑ましい気もしますし、申し訳ないとも感じられます。
貴女は俺のような者のことも、受け入れてくださいました。
その愛に浴することができて、俺は全く幸福です。
今、そのいただいた愛を、あるいはそれ以上のものを、貴女にお返しできているでしょうか。そうであることを、日々祈り続けています。
貴女は、雨の中にひとり佇む人にはならなくて良いのです。
悲しいことがあれば、誰かの胸を貸してもらって泣けばいい。
嬉しいことがあれば、皆と踊り狂えばいい。
貴女は、人と交わり、人と共に在るのが良いのですよ。
そして静かに佇んだりせず、わいわいと賑やかに、その時間を楽しんでくださいね。
俺は別段、自分の記憶力がいいとは思いません。
けれど、貴女のことなら何でも覚えている自信があります。俺は貴女の日記帳のようなものです。
貴女が産まれた瞬間の、元気な産声。
貴女が初めて歩いた時の、貴女の笑顔。
貴女がご友人たちと過ごした日々。ご家族との時間。
そういうものを、俺は克明に覚えています。
貴女が忘れてしまっても、俺はずっとずっと、覚えています。