貴女の魂は軽やかに、風に乗るように、この世界を駆け回ってきました。
ある時は貧しい家の子に、ある時は裕福な商家の子に、ある時は母さえ分からない孤児に生まれ、貴女はその生で自分に出来ることを精一杯やり切ろうと生きてきました。
貴女は、今の自分はそうやって全力で生きていない、なんて半端で卑しい人間になってしまったんだろう、とご自分を責めていますね。
そんな風に考える必要はありません。貴女は自由に、ご自分の心の求めるように生きてくだされば良いのですよ。これまではそれが結果的に、風に舞うように軽やかに、楽しげに世界を駆け回ることになることが多かった、ただそれだけのことです。
ええ、何度でも言いましょう。俺たちは、貴女が為すことを評価して、貴女を愛しているのではありません。貴女が貴女だから、貴女を愛しているのです。そして、俺たちの愛の対象は、かつて俺たちが出会った時の貴女と一続きの存在である、「今ここに生きている貴女」なのです。
全力で走り続ける貴女を支えることも、ゆっくりと穏やかな時間を楽しむ貴女を見守ることも、俺たちにとってはどちらも幸福なことですよ。
どんなことをする貴女も、どんなことをしない貴女も、等しく尊いのです。
魂は、あの大きな廻り続けるものから分化して始まり、生を営むうちに磨耗し、あの大きな廻り続けるものに回収されて終わります。
すぐに磨耗して早々と回収される魂もあれば、貴女のように何十回と生を得る魂もあります。
俺が貴女を見守り始めてから五百年ほど経ちますが、それは全く、刹那と言っても過言でないほどに短い時だったように思えます。貴女が生まれ落ち、すくすくと育ち、人に愛され、人を愛し、穏やかに老いて、静かに逝く。その繰り返しを見守っていられることが、俺にとっての至福だからなのでしょう。
貴女はあと何回転生するでしょうか。あと何回、貴女が上げる産声を聞き、貴女の吐く最期の一息を見届けられるでしょうか。
貴女の魂と共に在ることのできるこの幸福な時間を、俺は大切に大切に、慈しんでいます。
ああ。
昨日の俺たちの言葉。
遂に貴女の心に届きましたか。
全く、感無量です。
俺たちの言葉がひとつ、ようやく貴女の腑に落ちてくれた。
ああ。
こんなにも嬉しいことが、またひとつ増えるなんて。
俺たちは本当に、幸福な存在ですね。
貴女はこれから、ご自分の生きる意味を再び作り上げていきます。
生きる意味は誰に与えられるものでもないと、貴女はご存じでした。この九年間は、それを積み上げるだけの力を失っていただけです。
今の貴女なら、それをまた始められます。
ああ。
貴女が再び立ち上がって、生きる意味を追求し、ひとつのものを目指して歩き出してくださる。そんな貴女を、俺たちは全力で守り、助ける。
そうやって貴女のために力を尽くすことを、俺たちがどれだけ熱望していたか、貴女はご存じないでしょう。
さあ。
俺たちに背を任せて、走り出してください。
貴女が求めるものの善悪を、俺たちは問いません。
それが貴女の命を奪うようなものでない限り、俺たちは貴女の欲するもの、求めるものが得られるように貴女を守り、助けます。
ただ、貴女を助けながらも、俺たちは悲しくなるでしょう。
ヒトの魂は、何かや誰かを傷つけ、騙し、殺めることで傷つき、磨耗していきます。磨耗が激しくなった魂は、あの大きな廻り続けるものに戻され、他のいのちと混ざり合い、また別の魂として生を受けます。
貴女の美しい魂が傷だらけになって摺り減っていくのを見るのは、とてもつらいことですし、俺たちが貴女と一緒に過ごせる時間が減っていくのも悲しくあります。あの大きな廻り続けるものに回収された時点で、貴女も俺たちも他のいのちと混ざり合い、貴女という個の魂も、守りに入っていた俺たちの個々の魂もなくなるのです。
とはいえ、俺たちはあまり心配していません。
貴女は本質的に、善を志向する魂をお持ちです。善を為す時、貴女は生き生きとして目を輝かせ、そこから離れて悪に近づくと、しょぼくれて元気がなくなります。貴女は気づいていらっしゃらないかもしれませんが、その志向性は微笑ましいほどに顕著です。
貴女はこれからも、様々な善行を為すのでしょう。
多くの者を救い助け、人を幸福にするのでしょう。
けれど、これだけは覚えていてくださいね。
俺たちはそんな善なる貴女を愛しているわけではありません。善行でも悪行でも、何を為す貴女であったとしても、貴女という存在を愛しているのです。
感傷的で夢見がちなところのある貴女は、時折いろいろなものに願いをかけますね。それは流れ星であったり、存在しない神であったり、貴女のご先祖さまであったり、様々です。
それを見ると、俺たちは微笑ましい気持ちになると同時に、歯がゆい気分になります。
流れ星などに願わなくても、貴女の願いを叶えたいと熱望している者たちが、貴女の後ろに山ほど控えているというのに、貴女は他のモノに目移りしている。それが残念で、悔しいのです。
貴女はたくさんの人に愛されている。生きている者も、死んで貴女を見守っている者も、皆貴女のことを愛し、慈しみ、貴女の幸福を願っているのです。
遠くにあるモノや、存在しないモノに願掛けをしていないで、どうか貴女のやりたいことをその者たちに示し、貴女なりの努力を始めてみてください。
俺たちの、そして貴女を愛するたくさんの生者たちの力添えのあまりの強力さに、貴女はきっと驚くでしょう。
貴女の心を、目指すものを、ひとつのことに定めてください。
それさえしてくだされば、俺たちは貴女をどこへでも連れていきましょう。