白糸馨月

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12/28/2024, 3:15:56 AM

お題『手ぶくろ』

 いつも手袋して授業を受けている女子がいる。それも一回はめたら使い捨て出来るようなものだ。
 彼女のまわりに人はいなかった。
「うちらには触りたくないってか」
「うっわー、感じ悪。こっちからお断りだよ」
 気が強い女子が彼女に聞こえるように陰口を言うたび、彼女がおびえているように見えたのがいたたまれなかった。

 ある時、テスト勉強するために入った図書室で彼女と鉢合わせた。
「よっ」
 と言いながらたまたま彼女の目の前の席が空いてたのでわざと座ると、彼女は居心地悪そうに下に向けてる視線を更に下に向けた。
「あ、はい」
 彼女はそれだけ答えて勉強を続ける。逃げるのも感じ悪いからその場にいる、というだけだろう。ビニール手袋に包まれた手に握られたシャーペンがノートに文字を書き続けているのを見て、俺は不意に彼女に話しかけたくなった。というか今まで気になって仕方ないことを聞いた。
「ねぇ、なんで手袋してるの」
 その瞬間、彼女の手が止まった。目に涙が浮かぶのが見える。あ、やべと思った。でも、彼女は逃げる素振りを見せないから応えてくれるまで待つことにした。
 彼女が震える唇で言葉を紡ぎ出す。
「わたし、汚いから」
「なんで? べつに汚くないと思うけど。さすがに風呂入ってなかったら臭いけど、君はべつに臭わないし」
「私に触ると穢れる。小学校の時ずっとそう言われ続けてきたの」
 くだらね。率直にそんな感想が浮かんだ。あれだ、小学校の頃のいじめでよくあるやつだ。『●●菌』とかいうあれ。一部の男子がやってるのを見たことがあるけど、内心くだらないと思ってたし、そのいじめられてる子の机運んで「うわ、お前感染してんじゃん! 俺に近づくんじゃねーぞ!」っていじめの主犯格に言われた不愉快な思い出が蘇ってきた。
 俺は思わずため息をついてしまった。その瞬間、彼女が「ごめんなさい」と言いながら席を立とうとする。とっさに立ち上がって、その手をつかんだ。彼女がひって言うのが聞こえた。
 俺はわざとその手袋をはずす。色白で指がきれいなちいさな手だ。
「ほら、べつに俺なんともなってねーよ」
 それでも彼女は口をパクパクさせていた。しばらくその状態が続いた。だけど、さすがに気の毒になって手をはなしてやると、彼女は逃げるように図書室から出ていってしまった。

 完全に嫌われたかなと思った次の日、彼女は学校に来ていて安心した。相変わらず手袋をつけていたけど。
 今日も放課後、テスト勉強しに図書室へ向かおうかと思った矢先、後ろに気配を感じた。
 うつむいて歩く彼女の姿があったからだ。その子はなにか言いたげに俺のことをちら、ちらと伺うように見ていた。
「なんか話したいことでもあるの?」
 と聞くと、こく、と頷く。

 図書室以上に人がこなさそうな場所。とりあえず、屋上で話を聞くことにした。
「えっと、話って?」
「あ、あの……えっと……」
 クラスメイトが言葉を探している。手袋に包まれた手がガサガサ音がした。普通ならいらつくところだが、せっかく彼女が話してくれるのだから待つことに決めた。
「わ、私に触っても……べつに汚れないよね?」
「あぁ、うん。そうだけど」
「な、なにもなって、ない?」
「なるわけないよ」
「もしかして、▲▲くんだけが平気ってことかな……」
 その理論に思わずずっこけたくなった。またため息をついてしまう。クラスメイトがまた震えた。いや、いちいちびびんなよ。
「俺だけじゃなくて、みんな平気だと思う」
「でも、みんな『願い下げだ』って」
「それは君が手袋してるからだろ。今度から外してみたら? いじめがトラウマなのはわかるけど」
「いじめ……」
 彼女がなにか考え込むように下を向く。やがて
「わかった……、すこしずつだけど、がんばる」
 そう言ってクラスメイトは屋上から学校に戻っていった。俺なんかはくだらないなと流せるが、なかにはそれが出来なくて呪縛にとらわれてる人もいるんだ。そう思うと、なんだかやるせない気持ちになった。

12/27/2024, 1:03:16 AM

お題『変わらないものはない』

 あまり人とかかわらないようにして生きてきた。
 いるだけである日突然嫌われたり、喋ったことがある相手が別の人と私の陰口を言っているのをみたことがあるからだ。あと、たくさんの人の中に入ると私は喋れなくなることがある。少人数だったら喋れる。
 私はいるだけで気持ちが悪い害悪なのか。
 そういえば、昔の職場の先輩社員から言われたことがある。
「ひょっとしてお前、俺のこと見下してる?」
 って。そういうところが自覚無しに私の喋り方から出てるのだろうか。いや、そういうことを言う先輩社員がそもそもアレなんだけど。

 話が脱線した。最近、私はどういうわけか人と関わる機会がすこしずつ増えていってる。たしかにずっと一人で生きているのは退屈だ。
 だが、嫌われてしまわないようにネガティブなことを可能な限り言わないようにしたり、喋らないやつというレッテルを貼られないように立ち回ったり、喋るにしても言葉が無自覚にきつくなっていないか気をつけながらやり過ごそうとしている。
 今が変わる時なのかもしれない。

12/26/2024, 3:42:59 AM

お題『クリスマスの過ごし方』

 まえはクリスマスが近くなるとそれっぽい音楽を聴き、ちいさなクリスマスツリーを出して、自分のためだけに一人分のケーキと安くてすぐに飲みきれそうなシャンパンを買って過ごしていた。
 だが、何年もこういう生活をしているとクリスマスだからといっていつもと変わらない日常を送っても「もったいない」と思わなくなった。
 普段と変わらず好きなアーティストの音楽を聴き、クリスマスだからといってそれっぽい料理を食べたりしない。シャンパンは、缶チューハイに変わった。ついでにツリーは今年は出さなかった。
 いつもと変わらない夕食。だけど、それで十分満足してしまっている私がいる。

12/25/2024, 3:46:20 AM

お題『イヴの夜』

「ママァ、あの人たちなぁにぃ?」
「見ちゃだめよ」
 そう言って俺たちの前を親子が足早に通っていく。もしかしたらいつかお前の息子が俺たちみたいになるかもしれない、なんて一ミリも考えていないんだろうなと思う。
 俺たちの住む村では、十八以上になって誰も恋人や伴侶が見つかっていない人間はクリスマスツリーの見える通りの端で晒し者にされる習わしがある。
 首からプラカードを下げて「恋人募集中」やら「結婚相手募集中」と大きな字で書き、その下に自分のアピールポイントを細かく書く。さすがにクリスマスツリーやイルミネーションは地元ながらとてもきれいなので世の家族、カップルどもが見とれてくれているし、人混みのせいかそこまで目立っているわけではない。
 だけど、たまたま俺たちと目が合った者は、ある者は同情的な目で見、ある者はさっきの親子みたいに見てはいけないものだとして扱い、ある者はスマホで撮影してくる。
 大人になっても恋人や独身というだけでこんなにミジメなことってあるだろうか。
 俺たちの中には、手を差し伸べて貰える人間がいる。年収が高かったり、若い女の子だったり、比較的容姿が端麗な者だったり……ため息をつきたくなる。
 ちなみに俺は今年も残っている。二十七歳、年収最近やっと四百万いったばかりの社畜、中肉中背……たぶんブサイクではない。普通すぎて印象に残らないのだろう、きっと。実家暮らしが楽すぎて十八になった瞬間に村を出る友人をバカにしていたあの頃の自分を叱りつけてやりたい。

 あ、そこのかわいい貴方。目が合いましたね。お願いです、俺を貰ってくれませんか? 頼みます、頼みます。あぁっ、ちょっと! 逃げないでくださいよ、ちょっと!

12/23/2024, 11:41:43 PM

お題『プレゼント』

 友達付き合いをないがしろにしてきた。ついでに恋人なんていたことない。
 家族の誕生日は忘れたことはないが、今も付き合いがある親友の誕生日は正直覚えていない。
 私がこんななので、実家を出て一人暮らしして以降、誕生日を祝われたことがないし、私も誕生日というものにとくになんの感情を抱かなくなってしまった。
 そんな時、たまたまマッチングアプリで二回目に会う男性からちいさなピンクのバラ一輪の花束っぽいのを渡された。とつぜんのことだった。
「これ、なんですか?」
 と聞いたら、彼はおどろいたような顔をして
「今日って誕生日じゃなかったでしたっけ?」
 と言われた。たしかに今日はたまたま私の誕生日だ。そういえば先週会った時、そんな話をした気がする。
「たしかに今日ですけど、まさかもらえると思ってなくて」
「あ、あのいやでしたか?」
 男はすこしだけ悲しそうな顔をした。知り合ったばかりの人からプレゼントされて困惑しているのは事実だが、その一方で悪い気がしていないのも事実。
「いいえ、ありがとうございます。普段あまり人から祝われることがないので嬉しいです」
「ほんとですか! じゃ、これからなんかの記念日にたくさん祝いましょうね!」
 バラの一輪を受け取ると、彼が嬉しそうに顔をパァっと明るくさせる。
 正直まだこの目の前の男と付き合うかどうかは分からないが、人から祝われるのは嬉しいものなんだな、と何年か前に家族からやってもらった誕生日パーティーで受けた温かい感情を思い出していた。

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