白糸馨月

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お題『手ぶくろ』

 いつも手袋して授業を受けている女子がいる。それも一回はめたら使い捨て出来るようなものだ。
 彼女のまわりに人はいなかった。
「うちらには触りたくないってか」
「うっわー、感じ悪。こっちからお断りだよ」
 気が強い女子が彼女に聞こえるように陰口を言うたび、彼女がおびえているように見えたのがいたたまれなかった。

 ある時、テスト勉強するために入った図書室で彼女と鉢合わせた。
「よっ」
 と言いながらたまたま彼女の目の前の席が空いてたのでわざと座ると、彼女は居心地悪そうに下に向けてる視線を更に下に向けた。
「あ、はい」
 彼女はそれだけ答えて勉強を続ける。逃げるのも感じ悪いからその場にいる、というだけだろう。ビニール手袋に包まれた手に握られたシャーペンがノートに文字を書き続けているのを見て、俺は不意に彼女に話しかけたくなった。というか今まで気になって仕方ないことを聞いた。
「ねぇ、なんで手袋してるの」
 その瞬間、彼女の手が止まった。目に涙が浮かぶのが見える。あ、やべと思った。でも、彼女は逃げる素振りを見せないから応えてくれるまで待つことにした。
 彼女が震える唇で言葉を紡ぎ出す。
「わたし、汚いから」
「なんで? べつに汚くないと思うけど。さすがに風呂入ってなかったら臭いけど、君はべつに臭わないし」
「私に触ると穢れる。小学校の時ずっとそう言われ続けてきたの」
 くだらね。率直にそんな感想が浮かんだ。あれだ、小学校の頃のいじめでよくあるやつだ。『●●菌』とかいうあれ。一部の男子がやってるのを見たことがあるけど、内心くだらないと思ってたし、そのいじめられてる子の机運んで「うわ、お前感染してんじゃん! 俺に近づくんじゃねーぞ!」っていじめの主犯格に言われた不愉快な思い出が蘇ってきた。
 俺は思わずため息をついてしまった。その瞬間、彼女が「ごめんなさい」と言いながら席を立とうとする。とっさに立ち上がって、その手をつかんだ。彼女がひって言うのが聞こえた。
 俺はわざとその手袋をはずす。色白で指がきれいなちいさな手だ。
「ほら、べつに俺なんともなってねーよ」
 それでも彼女は口をパクパクさせていた。しばらくその状態が続いた。だけど、さすがに気の毒になって手をはなしてやると、彼女は逃げるように図書室から出ていってしまった。

 完全に嫌われたかなと思った次の日、彼女は学校に来ていて安心した。相変わらず手袋をつけていたけど。
 今日も放課後、テスト勉強しに図書室へ向かおうかと思った矢先、後ろに気配を感じた。
 うつむいて歩く彼女の姿があったからだ。その子はなにか言いたげに俺のことをちら、ちらと伺うように見ていた。
「なんか話したいことでもあるの?」
 と聞くと、こく、と頷く。

 図書室以上に人がこなさそうな場所。とりあえず、屋上で話を聞くことにした。
「えっと、話って?」
「あ、あの……えっと……」
 クラスメイトが言葉を探している。手袋に包まれた手がガサガサ音がした。普通ならいらつくところだが、せっかく彼女が話してくれるのだから待つことに決めた。
「わ、私に触っても……べつに汚れないよね?」
「あぁ、うん。そうだけど」
「な、なにもなって、ない?」
「なるわけないよ」
「もしかして、▲▲くんだけが平気ってことかな……」
 その理論に思わずずっこけたくなった。またため息をついてしまう。クラスメイトがまた震えた。いや、いちいちびびんなよ。
「俺だけじゃなくて、みんな平気だと思う」
「でも、みんな『願い下げだ』って」
「それは君が手袋してるからだろ。今度から外してみたら? いじめがトラウマなのはわかるけど」
「いじめ……」
 彼女がなにか考え込むように下を向く。やがて
「わかった……、すこしずつだけど、がんばる」
 そう言ってクラスメイトは屋上から学校に戻っていった。俺なんかはくだらないなと流せるが、なかにはそれが出来なくて呪縛にとらわれてる人もいるんだ。そう思うと、なんだかやるせない気持ちになった。

12/28/2024, 3:15:56 AM