お題『踊りませんか?』
隠し部屋のモニターで私は様子をうかがっている。
客が続々と館の中へと入ってきた。今日は、この館の持ち主である私主催のパーティーがある、との触れ込みで皆招待状を持って集まっている。
うしろの扉から人が入ってきた。
「御主人様、来客が全員そろったようです」
執事が礼をした。
「わかった、御苦労」
そう言って、私はボタンを押した。今まで見ていたモニターに目をやると、客が入ってきた扉の前に鉄格子が出てきて、この屋敷から出ることを阻む。
突然のことに慌てふためき、視線をキョロキョロさせたり、どよめいている様が可笑しい。
私はマイクのスイッチを入れた。
「本日はお集まりいただき、ありがとうございました! これより脱出ゲームを開始いたします!」
客が困惑している様子を見て、口角があがる。
この日のためにいろいろ準備した。解くのが難しいであろう仕掛け。その仕掛けを次々に解かないとゴールがわからない仕組みになっている。
さぁ、私の手のひらの上で踊ってもらおうか。
お題『巡り会えたら』
今日、依頼主の男性が学生時代にずっと片想いしていた相手と再会させることに成功した。
お互いに会って楽しそうに思い出話に花を咲かせながら居酒屋へと消えていく姿を見ながら、私は首をたてに振る。
私の仕事は『再会仕掛人』だ。依頼主が会いたい人間になるべく自然な形で再会させることが仕事だ。
ただ、こちらも客は選んでいて、先ほどの男性のように『好きな人に想いを伝えたい』とか、『お世話になった人にできなかったお礼がしたい』ならいいのだが、時々『恨みを晴らしたい』だの『推しの家に行きたい』と言ってくる輩がいて、そういうものの依頼は受けないことにしている。
あくまでエモい再会を演出するのがこちらの仕事だ。
お題『奇跡をもう一度』
昨日、推しが同じ電車に乗っていた。
私の推しは2.5次元の舞台を中心に活躍している俳優で、とにかくとんでもなく顔がいい。それが同じ電車の同じ電車車両に乗っていたからパニックになっていた。
彼の足元には黒くて大きなカバンが置かれていて、おそらくそこに稽古着とかいろいろ入ってるんだと思う。舞台俳優は荷物が多いんだなって。
話しかけないのかって? 話しかけるわけがない。
ただでさえ電車は混み合ってるのにそれを押しのけて推しに話しかけに行く勇気はさすがにないよ。それに推しはサングラスして、黒い帽子をかぶってバレないようにしている。
けど、やっぱサングラスごしでも顔がいいなぁと感心する。私が降りる頃には推しはいなくなってたけど、明日も同じ電車に乗っていたら嬉しいなとひそかに思うのだ。
お題『たそがれ』
日が沈みかけ、空の色が青からオレンジや黄色のグラデーションに変わる短い時間。
そんな空を見つめていると、まるでどこかに連れて行かれそうな気分にさせられる。
それは私が昔、村に住んでいた頃、おばあちゃんから「たそがれ時には、外に出てはいけないよ。なにかに連れて行かれてしまうからね」と言われてきたからだ。
でも、東京に出た今はそんなことはなくて、普通に会社の就業時間から残業時間に変わり始めるすこしの休み時間の間だけ、缶コーヒーを飲みながら屋上から空を見上げている。
また仕事は深夜零時近くになるだろう。
「このまま誰か、本当に連れて行ってくれないかな」
とぽつりこぼして、なにも変わらない仕事だけの生活に嫌気がさすのだ。
お題『きっと明日も』
たまたま出社した日の夕方、ターミナル駅の前で目を引く弾き語りの男がいた。たぶん、年は俺と変わらない。
それがアコースティックギター片手にお世辞にも上手いとは言えない演奏と歌声を披露している。
ある者は素通りし、ある者はしかめ面しながら一瞥し、ある者は友達とこそこそ話をしながら彼の前を通り過ぎていく。
その様子がいたたまれなくて、俺は彼の前に立つことにした。
そいつは、あまりにも自分に酔っていた。
今時あまり見かけなくなったいわゆるスーツ着たギャル男風の格好して、髪型もなんだか盛ってて――昔、自分が売れないバンドマンをしていた頃を思い出した。結局、今は夢を諦めてサラリーマンになりさがっている。
正直、目の前の男よりも俺の方が歌は上手いし、もうすこしマシな弾き語りだってできる。それでも演奏を続けているその姿にスポットライトが当たっていて、まぶしくて、その姿が俺からは強いモノに見えて不覚にも感動してしまった。
目頭をおさえていると、曲は間奏に入ったようだった。
「へい、そこのお兄さァん! 俺の歌聴いて泣いてるのかい!」
と話しかけられた。それがなんだか悔しい。
「泣いてねーよ!」
と叫んで結局、そいつのいわゆる『ひどい演奏』を一曲聴き終えてしまった。
演奏が終わった後、俺は思わず歩み寄って両手でバンドマンと握手する。
「負けねーで頑張れよ!」
「ありがと! はい、俺の名刺」
きざったらしい調子で喋るそいつから名刺を渡される。黒字にツタみたいな模様とサインが書いてあって……なんだかホストの名刺みたいだ。
「おう! じゃ、頑張れ!」
そう言って、俺はその場を後にする。後ろからまたギターの音楽が聴こえてくる。やっぱり下手だ。
きっと明日も彼はあそこに立っているだろう。
「ま、あいつなら俺みたいに潰れなさそうか」
そうひとりごちて、帰りの電車の中、名刺のQRコードを読み取ってインスタグラムを見た。自撮り写真ばかりでまた愛おしくなって「あー、五年くらい前俺もこうだったなぁ」と思わず笑いが漏れてしまった。