お題『花咲いて』
私が一方的に推しているクラスメイトから「一緒に帰ろう」と言われた時、天変地異でも起きたのかと思った。
推しはクラスでも目立つグループに所属していて、私は目立たない大人しい子が集まってるグループに所属している。彼は目立つグループの中で一番容姿端麗で、一緒になって騒ぐことは少なく、時折バカをやっているグループの中心核の男子に対して眉を下げて淑やかに笑っているのが印象的だ。
だが、彼と私じゃ住む世界が違うので「推し」として影でコソコソ崇め奉っている。親しい友人には知れ渡っていて、私が隠し撮り写真とともに推しを布教する度、「きもい」「どんびきだわ」と言われつつも友達をやめないでいてくれる。
さて、そんな彼がどうして私のような教室の有象無象と一緒に帰ろうと思ったのか。私は顔中から冷や汗を流し続けている。
もしかして、影で盗撮しているのがバレたか
友達とひそひそ話しているキモい内容がバレたか
私は推しをチラ見する。推しは私のことなんて見ないで前だけ向いて歩いている。これはあれなのか、歩いていたら道中にカーストトップ集団がいて、そいつらに取り囲まれてあれこれ嫌なことを言われて精神的にフルボッコにされたあげく、明日からの学校生活が地獄になるやつなのか?
そしたら、推しが足を止めた。
「ちょっと公園で話さない?」
「あ、はい」
推しは尚も私のことを見ずにすたすた歩いていってしまう。なんだろう、すごく怖い。しかし、ブランコの前まで行くと推しがそこに座った。ごめん、ぶっちゃけ尊すぎて死ねる。
私は推しの斜め前に立つと、推しが視線を向けてくる。その顔面のよさが眩しすぎて正直失明するんじゃないかと思う。
「あのさ」
「はい」
「いつも俺のこと、見てくるよね」
あー、はい。バレてました。もう終わりです。明日からの学校生活、地獄です。
私は絶望的な気持ちになっている一方で、予想とはまったく異なる反応をされた。なんと、推しは私から顔をそらしながら赤面しているではないか。
可愛い、尊いと「なぜ?」という気持ちが複雑に私の中で絡み合っている。
「そんなに見られると、その……俺、意識しちゃうというか……」
「はい?」
「あの、その……す、好きです」
「え!?」
さすがに驚きすぎて言葉が出ない。嘘だ。ドッキリなのか。いや、推しが顔を真赤にしているから多分違うんだろう。
それにしても私の何が推しの何かの花を咲かせてしまったんだ!
私は「顔を赤くして尊い、写真撮りたい」と思うと同時にこんなストーカー野郎のことを好きになる推しのことがなんだか心配になって、混乱しすぎて感情の着地点を失った。
お題『もしタイムマシンがあったら』
大人になった今でもずっと妄想し続けている。もしあの時、うまく学校生活を送れていたら今、友達が一人もおらず、いい年して恋人一人いたことすらない人生を送っていないだろう。
タイムマシンで過去に戻れるなら小学校時代に戻りたい。あそこでクラスで目立つ立ち位置の男に目をつけられて、それはもう人間として扱われなかった時期を過ごすことになったから。
先生に言っても、主犯は教師の前では猫をかぶっていたので信じてもらえないどころかこちらが嘘つき呼ばわりされ、さらなるいじめを受けた。あれがきっかけで僕は人を信用できなくなり、何年か心療内科に通い続けている。勉強だけは頑張ってそれなりの大学、会社に入ることはできたものの、今も人を信用出来ない。
だからあの頃に戻れるなら、目をつけられないように立ち振る舞う方法を教えるか、否、そうじゃない。
あの頃の僕にボイスレコーダーを持たせて証拠を録音し、教師に言う時はこれを再生するように伝えたい。
お題『今一番欲しいもの』
「今、一番欲しいものってある?」
と彼に聞かれて私はすこし考えた後、「ない」と答えた。それを聞いた彼は
「なんだかさみしいね」
と答えて、グラスに入ったウィスキーを飲んだ。彼は笑ってるけど本当の感情が見えない。それは明るい居酒屋にいようが、今みたいに薄暗いバーにいようが変わらない。
彼といると不安でたまらないのに、彼とどうしてもはなれたくなくて仕方ない。
もしさっきの質問に「貴方からの愛が欲しい」なんて答えたらどうだろう。
きっと笑いながら「えー、いつも俺は君のこと想ってるよ」とゆるく答えるか、めんどくさくなってしばらく連絡が来なくなるだろう。
彼は表に出してないつもりだけど、私の他にたくさん遊ぶ女性がいるようだし。
「この後、どっか行こうか」
そう言ってすべらすように彼が私の手首に触れる。私は彼の手首をとって、与えられる一時的な愛に今日もすがった。
お題『私の名前』
私の本名は、漢字二文字で終わる。苗字と名前でそれぞれ一文字ずつ。
いわゆるDQNネームではないけど、親が「苗字が漢字一文字だから名前も漢字一文字ね」とか、「この漢字が好きだから使おう」とかそんなノリで決まったのが私の名前だ。
小学校の時は正直コンプレックスだった。他の人達が「漢字二文字の苗字」と「漢字二文字の名前」の組み合わせなのに私一人だけ目立っていた。今でも苗字と名前合わせて漢字二文字の知り合いはいない。
読める漢字ならいいが、私の場合、一文字のくせに苗字の画数が多く、名前も割と画数多めだから、先生が名前を読み間違えることなんて何回かあったし、
名前が難しそうな顔をしているから何人かから「中国人かと思った」なんてことを言われてきた。
今では特にコンプレックスに感じることなく、そもそも本名がかっこいいと言われることが多いので親がつけてくれた名前を気に入っている。たまに話しかけてくる中国人から親近感を持たれるのも楽しいしね。
お題『視線の先には』
前の席の男子の肩の上にカブトムシが乗っかっている。
私は正直虫が苦手だけど、今は授業中、叫びだしたくなるのをこらえていた。
カブトムシはツノを私の方に向けていて、ということは私は今、こいつ?、いや、オスだから彼か?、とにかく目が合っている。
私の視線の先にカブトムシ、カブトムシの視線の先には多分私。
今や授業に集中するどころじゃない。人間の肩を山に見立てて登山をし、ひと休憩しているカブトムシは、しばらくその場でとどまっている。
お願いだ。たのむ、たのむからそこにいてくれ。間違っても飛ぶ、なんてことはするなよ。
そんな時、先生が
「じゃ、今からプリントを配るぞー」
と言い出した。
おいおい、マジかよ。ふざけんじゃねぇぞ。プリント配るってことは、必然的に体をひねらないといけないじゃないか。そうすると、その動きの反動でびっくりしたカブトムシが飛ぶかもしれないだろ。なんて最悪なタイミング。
私の心の声を無視して、プリントの束を受け取ったクラスメイトたちが次々プリントを一枚とっては後ろの席に回していく。
前の席の男子のもとにプリントがすぐきて、彼が振り向いてはい、と渡してくる。その瞬間だった。
カブトムシが羽音を鳴らしながらその場から飛んだ。それがよりによって私の顔面に向かって。
顔面にはりつくカブトムシに私はついに悲鳴をあげた。
きゃー、なんて可愛らしいものではなく、ギャァァァァだ。
プリントを受け取るどころの騒ぎじゃない。きっと叫んだのは私だけではない。クラス中みんな騒いだと思う。先生が静かにしろと言っても、誰も聞く耳を持たない。
手足を虫みたいにばたつかせる私の顔からチクチクザラザラじめっと触れられている感触が消えた。
おそるおそる目を開けると前の席の男子がカブトムシを手につかんでいる。
こいつはニヤニヤしながら言った。
「ラッキーじゃん。こいつ、クラスで飼おうぜ」
よりによって手に持ったカブトムシの腹を私に向けながら言う。私は肩を落とし、精神的にも体力的にも消耗した気持ちになりながら「絶対やだ……」と力なく返した。